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株式会社新経営サービス

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バイマンスリーワーズBimonthly Words

忘却は力なり

2010年11月

「断捨離」が静かなブームです。
ヨガの行法哲学である、断行・捨行・離行 を応用した片付け術で、
クラター・コンサルタントを自称する、やましたひでこ さんが「断捨離」としました。
断…入ってくる要らないモノを断つ
捨…家にはびこるクラター(ガラクタ)を捨てる
離…モノへの執着から離れ、ゆとりある”自在”の空間に向かう

分別 ⇒ 分類 ⇒ 選択 ⇒ 厳選 をくり返し、
徹底すれば物心両面の効果が期待できるところは、
企業の5S運動(整理・整頓・清掃・清潔・躾)に似ている。
はまっている人は”ダンシャリアン”と呼ばれ、著書もベストセラー。

私も試行錯誤で「断」と「捨」を実践中ですが、
捨てるかどうかを迷い、悩むところの判断が難しい。
これは捨てられないよなあ… と思いこんでいたものが、
こだわりや、しがらみの塊であったことを発見し、解き放つ。
ガラクタの整理をしながら、心の整理をしている自分に気づきます。

卸売業者はもちろん、あらゆる業者が在庫を持たなくなって久しい。
そして、ついに最終消費者も意味のないものは持たなくなった。
断捨離のように、モノに執着しない人が増えつつあるのは、
日本のモノ余りが、限界点を超えたサインなのかも…。

まず、溜まっているものを出す

私たちの心と体を健康に保つためには、
溜め込んだもの、滞留しているものを出す必要がある。
このような思想に基づく「断食道場」にも人気が集まっています。

イシハラクリニック院長で、医師として断食指導を行う石原結實氏によると、
あらゆる病気は「食べ過ぎ」と「身体の冷え」から起きるという。
食べ過ぎが消化不良を起こし、消化不良が毒素を出し、血液を汚す。
肥満を防ぎ、健康を取り戻すには、食べないことが不可欠だと説いています。

健康だけでなく、教育面でも似たようなことがいえます。
昔の塾や職人は入門しても、すぐに教えることはしなかった。
師匠はあえて”教え惜しみ”をすることで、弟子の学習意欲を高める。

じらして、じらして、やっと教えていくが、本当のところは教えない。
だから、弟子は師匠のもてるものを盗もうと必死になって考える。
この姿勢が、遠回りになるけれども結局は弟子のためになる。
何かと過保護の現代社会、大いに参考にしたい指導法です。

今はテレビ、パソコン、ケータイから世界中の情報が飛び込んでくる。
便利になりましたが、脳の中は膨大な断片情報で収集のつかない状況です。
「忙」は”心を亡くす”と書くので、使わないほうがいいと聞いたことがありますが、
あれもこれも…と忙しい感覚になるのは、情報過多による心の乱れでしょう。
脳の中に溜め込んだ情報も、上手に排出する必要があるようです。

記憶力から忘却力の時代へ

“東大・京大で一番売れた本”というキャッチフレーズで、
発行部数100万部を超える「思考の整理学」を著した外山 滋比古氏は、
「頭をよく働かせるには”忘れる”ことがきわめて大切である」という。

私達は子供の頃から忘れてはいけないと教えられ、忘れることは悪いことだと思ってきた。
ところが情報が溢れる昨今、記憶においてはコンピューターに勝てるはずがない。
そこで、コンピューターには「記憶する倉庫」に専念してもらって、
人間の頭は、新しいものを創り出す「知的工場」にすべきである。
知的工場として能率よく仕事をするには、どんどん忘れなくてはならない。

なるほど…妙に納得できる話です。
環境が変われば、過去の成功要因は失敗要因になる。
頭の良さの条件だった”記憶する力”の価値は下がり、
創造性を高めるためには”忘れる力”が重要な役割を担う。

しかし、現実として経営者に降りかかる問題が簡単に忘れられるでしょうか?
社員のミス、お客様のクレームなど、忘れてはいけないことが山積です。
会社の将来を憂慮すると、眠れない夜もあるでしょう。
自然忘却法として睡眠がベストだと外山氏もいうが、
忘れたいと思えば思うほど、気になって眠れない。

忘れるには、趣味やスポーツなど楽しく集中できることがあれば最高です。
「断捨離」の実践で、住まいと心の整理をするのも悪くない。
「ヨガ」や「座禅」に打ち込むのもいいでしょう。
しかし、それでも忘れられないなら、どうするか…。

忘れた、忘れよう、忘れたい、など「忘れる」の意味にも感情の違いがあります。
そのうちの「忘れたい!」には、少なからずも”逃げ”の感情が潜んでいる。
つまり、眼前の問題から逃げようとしているもう一人の自分がいて、
そんな卑怯な自分のことが気になって、忘れられないのです。

どうしても忘れられないときは、起こっている問題の渦中に飛び込めばいい。
相手に対する苦手意識があるのなら、勇気をふるって会えばいい。
心の中でくすぶっていたものが、きっと燃え尽きるでしょう。

優秀な経営者は忘却の達人

先日、尊敬している経営者に久しぶりにお会いしました。
じつは、取り返しのつかないような失敗をされたと聞いて、
元気づけのために訪問したのですが、それはまったく無意味でした。
こちらが呆れるほど、明るく元気に、前向きな話しかされなかったのです。

私の中の辞書にある「優秀な経営者とは?」という項目に今回追加されました。
夜も眠れないほど悩み、自分を追い詰めた時期があったでしょう。
でも、切り替えが早く、失敗したことを後に引きずらない。
忘れる努力というより、自然に忘れてしまっている…。
要するに、「優秀な経営者は忘れるのがうまい」。

今の日本経済には新しいものを創造する力が欲しい。
出来合いの知識や情報から斬新なものは生まれません。
過去の成功にとらわれず、時代に沿った創造力が必要です。

海外のビジネスモデルを持ち込んでも成功する時代ではありません。
誰かが考えた”ハウツウ”を、手当たり次第に真似してもダメ。
やりたいことが一杯あっても、ムダなものを削ぎ落とし、
「本当の強み」に集中して新たな技術や商品を創造する。
今の時代、創造性のある”ブレない経営”が求められています。

「歳をとって物忘れがひどくなった…」と言うのは適切ではありません。
これからは、忘れることが経営者の重要な能力になってきます。
「歳を重ねてやっと物忘れができるようになりました!」
こんな会話があるところに、新たな息吹が生まれるでしょう。

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