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バイマンスリーワーズBimonthly Words

信なくば立たず

2014年09月

国家存続の危機となった人口減少問題。
東京一極集中は、地方の市区町村の消滅を加速させ、
将来を担う子供を産み、育てる環境が崩れてしまいました。
今こそ国民一人ひとりが、未来の人づくりに真剣に取り組むべきではないか…。

~ 国家は人なり ~
戊辰戦争で窮乏を極めていた長岡藩に百俵の米が送られてきました。
藩の大参事だった小林虎三郎はこれを売却し、学校設立の資金にあてたのです。
「百俵の米も食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」
この話は「米百俵の精神」として、時の小泉純一郎総理が国会で訴え、有名になりました。

~ 企業も人なり ~
今の社員がフルに力を発揮して、眼前の業績向上を目指す一方で、
未来を担う社員を採用し、育成することを疎かにしてはなりません。
会社が成長しても人材育成に失敗し、消え去った中小企業は数えきれない。

特に後継経営者を選び、育て、バトンタッチをすることは、
経営者が自ら行う一生に一度の大仕事です。
「後継者が育ったら、いつでも社長を交代する!」
中小企業の経営者は素直な気持ちでこう思っています。

ところが、これがなかなかうまくいきません。
後継者がそれなりの年齢と能力レベルに達したら、
社長の椅子を譲るのは当たり前のことですが、
何故うまくいかないのか?

自惚れの強い人間を"信頼"する

後継者にもいろんなタイプがあります。
将来、経営者としてやっていけるか自信がもてないタイプ。
自信満々で自惚れの強いタイプは、力があっても周りの人と衝突する。
いずれにせよ、生まれ育った環境のせいか、会社を背負う気概は感じられません。

「どうせ院政を敷いて後ろで実権を握るのでしょう」と周辺の人は言うが、
全くその気はなく、後継者が一人前になったら早く社長を交代したい。
経営者は悩んだ末、○○歳で社長交代、△△周年で引退する、と
後継者を本気にさせるために、思い切って時期を公言します。

ところが”笛吹けど踊らず”で、後継者の行動に変化はありません。
そしてイライラを感じながらも、公言した時期がやってきて、
納得のいかないまま会長か相談役に就くことになります。
真面目な経営者ほど、このような傾向にあります。

野球解説者の野村克也氏は、選手として三冠王に、指導者としては多くの名選手を育てました。
「自分は一番下から一番上まで行ったから、そのレベルごとの人の気持ちが分かる」
こう語る姿は、現場から這い上がった中小企業経営者の風格が漂っています。

プロの世界は競争が激しく、足の引っ張り合いでもあります。
「野村再生工場」と呼ばれた監督時代の指導方法は、
まず落ち込んだ選手の心を察し”自信”を持たせることでした。

逆にピッチャーは、自惚れが強く、嫉妬心も強いので、
ライバルよりも俺の方が実力は上だと信じている選手が多い。
そんなピッチャーたちに理解させるには”信頼”しかないという。

経営者は担保をとってはならない

野村氏は晩年に「信は万物の基(もとい)を成す」という心境に至ります。
まずオーナーと監督の間に「信」をつくり、
そしてオーナーと選手の間に年俸を柱にした「信」をつくる。
それによって監督と選手との間に信頼が生まれ、”信があると立つ”という。

~ 信なくば立たず ~(論語)
弟子の子貢が政治の要諦について尋ねたところ、孔子は答えた。
「食料を十分にし、軍備を十分にして、人民には信頼を持たせることだ」
子貢が三つの中でやむを得ず捨てるなら、どれが先か問うと、
「軍備を捨てる」と答えた。

さらに残った二つのうちではどちらかと問うと、
「食料を捨てる」と答えた。
「食料がなければ人は死ぬが、昔から誰にも死はある。
人民は信頼がなければ安定しない」とその理由を語ったという。

企業経営に置き換えるなら、軍備は技術や設備、食糧は利益であり、
技術や利益よりも信頼を重視しなさい、ということでしょうか。
野村氏は、論語の勉強をしてこの心境に至った訳ではありません。
自身の長い経験や熟考から、自然とここにたどり着いた考え方です。
そして、知人の薦めで論語を読んで「信なくば立たず」に出遭いました。

「業績を挙げたら、必ず給料・賞与をアップします!」
このような方針を社員に発表する経営者も少なくありません。
しかし、この発言の奥には、社員が信じられずに担保を求める心がある。
こんな心境の経営者と社員は、信頼ではなく、お金でつながっています。

~ ○○になったら、△△します ~
つまり、この考えは相手から担保を取ろうとしています。
条件が揃えばやります、というのは少々ズルイやり方でないか…。
そう、担保を求めるのは、相手を信じていないことの意思表示なのです。

人民が信頼するのではなく、権力者が無償の信頼を寄せる

孔子が言った「人民に信頼を持たせる」の意味は、
「権力者が人民を信じる」ことで信頼されるという。
「信頼」を得るには、上の者が下の者に対して、
つまり親が子を、経営者が後継者を、見返りを求めず「信じる心」に始まります。

「信」は目には見えないし、曖昧で分かりにくい。
しかし、どう考えても社長にはふさわしくない人物もいます。
どうしても後継者の未来が信じられないなら、交代しない方がいい。
どちらか片方が「信じる心」を失うと、お互いに立つ瀬がなくなります。

米百俵の話は、当面の自分達の欲望を捨て、
誰かはわからない人物の未来を信じた行為です。
人間の成長については無限の可能性を秘めています。
若者への期待、未来への希望を捨ててしまってはならない。

思い通りにいかない経営は、本当に苦しい。
ところが、その苦しみの中には楽しみもいっぱいある。
一緒に仕事をする仲間のことを信じ、お互いの苦楽をさらけ出す…。
そんな人間同士のふれあいが、未来につながる架け橋になるのではないか。

今の日本に軍備の増強は要りません。
資金力や経済力も優先的な問題ではない。
大切なのは、親と子、先生と生徒、上司と部下など、
身近な人との間に「信」を育むことではないでしょうか…。

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