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バイマンスリーワーズBimonthly Words

ハングリーであれ

2014年11月

~ 焚くほどは 風がもてくる 落葉かな ~
江戸時代後期に生きた曹洞宗の名僧、良寛の一句です。
「私が庵で煮炊きするには、風が運んでくれる落ち葉で充分間に合う。
だから、私にとって山中での暮らしは物に乏しくても、満ち足りています。」

禅僧ながら、俳句を詠み、歌人、書家でもあった良寛(号は大愚)。
晩年、越後の国上山にあった草庵で悠々自適の暮らしをしていた頃、
長岡藩主 牧野忠精が良寛を城下に招きたいと庵まで訪ねたが、
良寛は無言のまま、この句を示し、誘いを断ったという。

俳句は十七文字から成る、世界で一番短い詩といわれています。
そこには、日本人の美意識、自然観、哲学などが詰め込まれ、
伝えたいことは山ほどあっても、削って、削って、絞り込む。
俳句に限らず、日本には古くから「引き算の文化」がありました。

日本料理は素材から苦味やえぐみ、臭みなど余計なものを取り除き、
素材本来が持つ”旨み”を際立たせる「引き算」の調理法。
一方、欧米の料理はさまざまなソースを作って、
素材にたっぷりとかける「足し算」の調理法といえます。

日本の伝統的な武道や茶道も同じです。
稽古をくり返し、無駄な動きをとり、力みを抜いていく。
洗練された技とは、このような過程を経て、美しい形に進化する。
稽古を積んだ師範の立ち居振る舞いは、なめらかで説得力があります。

引き算の美学は、本質を浮かび上がらせる

アップルの創業者であり、Mac や iPhone の生みの親、故スティーブ・ジョブズ氏。
若い頃から禅に傾倒し、結婚式には曹洞宗の師を招き仏前式を挙げています。
氏が設立したアップルの社内研修プログラム「アップル大学」では、
ピカソが描いた「雄牛」を教材にして、無駄なものを削ぎ落とし、
シンプルさと機能美を追及することの大切さを教えています。
細かく描かれた雄牛は、頭がシンプルになり、線だけになっても、そこにはちゃんと牛がいる。

アップル製品の最大の特徴は、デザインがシンプルなことです。
iPad や iPhone は外見上、たった一個のボタンがあるだけ。
ところがこのボタンを通して無限の世界へと広がり、
あらゆる機能がこのボタンに集約されています。

ジョブズ氏の思想は、余計なものを思いきって削ぎ落とし、
本当に重要なものだけを浮かび上がらせる「引き算の美学」。
削って、削って絞り込む、それは俳句の思想ともつながります。
引き算の美学は、それを繰り返すことで物事の本質に行き着きます。

日本には繁栄を経験した後の「喪失後の美学」と呼べるものもあります。
それは「侘しさ」と「寂しさ」から生まれた「わび・さび」の文化。
そこには、大切なものを失った、失望、悲しみ、不安があり、
苦しみを克服して生まれる、強さと、優しさがある。

技術がない、資金がない、人材がいない…。
ないない尽しの中小企業でも、粘り強い知恵はある。
コストをかけず、シンプルに運営する経営ノウハウがある。
中小企業には、元々「わび・さび」の文化が備わっています。

ハングリー精神が 経営者を原点に戻す

会社が成長すると、店が増え、設備が増え、社員も増える。
しかし、そんな「足し算」の経営は、いつまでも続きません。
業績不振で事業を縮小し、店を閉め、いつかは社員も去っていく。
自然災害によって打撃を受け、後退をせざるを得ないこともあります。

足し算に慣れた経営者が味わう「侘しさ」と「寂しさ」。
大切なものを失った失望、悲しみ、不安…。
しかし、地震や台風など自然災害に苦しんだ日本です。
幾度(いくたび)もの復興で得られた「喪失から生まれる力」を持っている。

ジョブズ氏は社内の権力闘争で一度会社を追われ、すべてを喪失しました。
その後、ガン宣告のショックも乗り越え、見事に復活を果たします。
そして、時価総額で世界最大の企業に導いたカリスマ経営者は、
死の直前に「わび・さび」のような心境にたどり着きます。

「ハングリーであれ、愚直であれ!」
氏は晩年、スタンフォード大学の卒業式でこう語りました。
目標に到達しても満足せず、どこか足りない、と考えなさい。
ハングリー精神でさらに上を目指し、”愚直”に努力しなさい、と。

店を失っても、教訓は残ります。
設備がなくなっても、技術は残ります。
社員が去っても信義を尽くせば、信頼は残ります。
見えないが再起に必要なものは、ちゃんと残ってくれている。

あなたにとって本当に大切なものは何でしょう?
目先のことに有頂天になっていると、つい忘れてしまう。
目に見えるものを喪失した時、本当に大切な”何か”に気づきます。
ハングリー精神は、あなたが大切にしている原点を思い出させてくれるのです。

過保護を反省し 自己を確立しよう

日本国民の大半が高等教育を受け、ITなど最先端の科学技術を享受し、
充実した保険制度で高齢化に悩むほど健康長寿の国になりました。
そう、日本は世界一快適な国になったといえます。
ところが、救急車をタクシー代わりに使う大人がいたり、
子供の成績の悪さを先生に押し付ける親などは、どうしたものか…。

「日本人は平和ボケしている」といわれます。
しかし、戦争を嫌い、平和を願うことがいけないのか…。
私たちはこれからも戦争をしない、平和な国であり続けたい。
日本人は平和ボケしているのではなく、過保護になっているだけです。

経営者は社員の生活を支え、働きやすい環境を整える必要があります。
しかし、社員への福利厚生負担や、そこにかけるエネルギーは限界に近い。
社員は、与えられた環境に感謝こそすれ、胡坐をかいてはいけない。
組織に頼るのではなく、自立した自己を確立しなければなりません。

過保護は企業をダメにし、ひいては国家を衰退させます。
経営者は、周囲に厳しく、自分に甘い人間であってはならない。
社員は、権利が先で責任は後に、と考える人間であってはならない。
あなた自身が周囲に甘えることなく、しっかりとした自己を確立しましょう。
~ 自分に厳しく、相手にはやさしく ~ という自己を。

良寛和尚が藩主からの厚遇の誘いを断った真意はわかりません。
できることなら権力に頼らず、自己を確立したかったのか…。
僧侶として文人として、自らの修行が道半ばであるために、
ハングリーであれ!と自らに言い聞かせたのでしょうか…。

葉を落とし、冬に向かう季節はじつに寂しい。
が、そこには「わび・さび」のような至高の味わいがある。
国の経済政策は、無理に「足し算」をしているように思えてなりません。
政治のせいにしない自立した会社に向け、気合を入れ直して今年を締めくくりたい。

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