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バイマンスリーワーズBimonthly Words

忍辱の徳

2023年03月

~ 国内従業員の給与を最大40%引き上げます ~
ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、
今年の3月から国内の従業員の年収を平均で15%アップ、
職種によっては最大4割引き上げると表明しました。

欧米を中心に海外従業員の賃金の方が、国内より高くなっており、
「世界水準で競争力と成長力を強化するため」が主たる理由。
柳井氏は東日本大震災の際にも10億円の義援金を拠出し、
日本を代表する「太っ腹の経営者」といえるでしょう。

ところが、「派手にぶち上げたなぁ…経営者には困った発表だ」
といった声もあり、“ユニクロショック”と呼ばれています。
昨年には「中途採用の年収を最大10億円に引き上げる」
との発言があり、柳井氏のしたたかさも見え隠れします。

急激な物価上昇が、庶民への家計負担に重くのしかかり、
賃金を少しでも上げたいと思うのが経営者の素直な心情です。
しかし、賃上げをし、苦しくなったら賞与を下げる、は本末転倒で、
弱者に寄り添ったつもりでも、企業の体力を超えた経営判断は誤りです。

「徳」には「陽徳」と「陰徳」があります。
陽徳とは、人に見えるところで行う善行のことで、
柳井氏の義援金や公共団体への寄付などがその代表例です。
一方の陰徳とは、人知れず隠れて行う善行のことをいいます。

陰徳の本質は 見返りを求めない心

戦後の日本に「陰徳」を貫いた経営者がいました。
ホンダの創業者、本田宗一郎と名参謀の藤沢武夫です。
二人は株式の上場利益や配当で得た莫大な資金をもとに、
研究を続けたい苦学生を支援する「財団法人作行会」を設立。

当時、大学から支給される若手研究者の月給が3万円強でしたが、
その半分程度が毎月3年間、のべ1735人に支給されました。

作行会が奨学金を給付する際の条件が驚きです。
まず、奨学金の用途は問わず、レポートの必要もない。
そして、その人達が競合企業に就職するかも知れないのに、
将来の進路も自由で奨学金の返還も必要なし、というものでした。

基金を設立した時の極めつけの条件が、
「誰が資金を出しているか知らせてはならない」でした。
奨学金を受けた一人に宇宙飛行士になった毛利衛氏がいますが、
数多くの研究者たちの絆が、知らず知らずに生まれていたのでした。

陽徳も陰徳も立派な善行ですが、両者には決定的な違いがあります。
それは陰徳の本質が“見返りを求めない心”にあることです。
何らかの謝礼や、名声を得たり、褒められることもなく、
一切の見返りを期待せずに行われるのが陰徳なのです。

しかし、陽徳も陰徳もそれなりの財産があっての行為であり、
与えたくても“与えるものがない”というのは精神的につらい。
何とかして賃金アップをしたいが“無い袖は振れない”のが実情で、
毎月ギリギリで回っている中小企業の経営者は、今まさに試練の時です。

陽徳より 陰徳よりも すぐれている 忍辱の徳

お釈迦さまの前世の話を集めた経典の中に「ウサギの話」があります。
昔、ウサギ・山犬・かわうそ・猿との修業中に空腹の旅人が現れました。
山犬・かわうそ・猿は、盗んだ食べ物を旅人に施しましたが、
盗みができないウサギは差し出すものがありません。

さあどうしたものか…
そこでウサギは旅人に焚火を作らせ、
「私を食べてください」と言って火の中に飛び込んだ、という話です。
このウサギがお釈迦さまの前世だということです。

お釈迦さまがこの話の意味を民衆に伝えます。
「お金を持っている人は苦しんでいる人に与え、
力のある人は苦しんでいる人を支えてやりなさい。
余分なお金も力もない人は、せめて相手の気持ちをくみとって、
かわいそうに…と同情してあげなさい」

「それだけでいいのです。
それであなたはこのウサギのように、
相手のために苦しんだことになるのです」

陽徳より、陰徳よりもすぐれた徳があります。
それが「忍辱の徳」です。
忍辱とはいかなる侮辱や迫害を受けても耐え忍ぶことで、
お釈迦さまは「忍辱が最もすぐれた力である」とされました。

忍辱の意味は「我慢をすること」ではありません。
“我慢”は「自分に執着する慢心」のことであって、
自分のことだけを考え、自分を基準にして行動するため、
他者を蔑むことになり、仏法で我慢はよくないとされています。

忍辱は外界からの侮辱や苦しみに耐え忍び、
心が動かないことですが、それだけではありません。
自分自身のできない部分、見たくない部分を素直に認め、
そんな自分と向き合うことが本当の「忍辱」の意味なのです。

身を鍛え 心を鍛えることで 苦しみが反転する

経営者は会社の業績が厳しくなってくると、
つい取引先や不景気のせいにしたくなるものです。
しかし、まず自分に原因がある問題であることを認め、
内省をし、自分を鍛えることで、忍辱の徳は高まるのです。

女子マラソンの金メダリスト、高橋尚子さんの練習量は半端でなく、
毎日40キロ、土曜日は80キロを毎日休まず走り続けました。
心身共に自分を追い込み、極限の苦しみと闘っているうちに、
「走ることがすごく楽しい!」という心境になったという。

賃上げをしたいが、毎月がギリギリの中小企業経営者。
オレは何もできない人間なのか…と自分を卑下し、
結局は何もしない経営者になってはいけません。

つらいなあ、しんどいなあ、と苦しんでいても、
日々やるべきことを実践し、心身を鍛え続けているうちに、
苦しみが、「いつか必ず成果は出る!」という勇気に反転します。

大手がベースアップを含めた賃上げを続々と発表していますが、
柳井氏は「賃金は仕事の対価としてもらうものだ」と言い切ります。
そして、「これに見合う仕事がない限り、ベアはあり得ない」とし、
社員の働きが改善されないままのベースアップには警鐘を鳴らしています。

余力があるなら、気持ちよくベースアップするのがいいでしょう。
しかし、行く先不透明で迷っているなら無理な判断はしない方がいい。

社員の待遇改善ができるチャンスは必ずやってきます。
それは無理に判断するのではなく、自然にやってきます。
厳しい今こそ、経営者が社員一人ひとりの気持ちに寄り添い、
賃金アップ以外でも支援できることがないか、真剣に考えましょう。

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