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バイマンスリーワーズBimonthly Words

師を見るな

2022年11月

~ 人は城 人は石垣 人は堀 ~
自然の石をそのまま積み上げ、堅牢で美しい石垣をつくる。
現在の滋賀県坂本の近郊に戦国時代から暮らしていた 穴太衆は、
「野面積み」と呼ばれる技法を得意とした、石工の技術者集団でした。

穴太衆の石垣は無秩序に積まれているように見えますが、
荷重のかけ方や、大小の石の組み合わせに秘伝の技があり、
地震に強く、豪雨に備え排水をよくする工夫もされています。
高い技術を買われ、織田信長の安土城の石垣を施工したことで、
江戸時代初頭まで多くの城の石垣は穴太衆の指揮で作られました。

人は城、人は石垣… と、武田信玄が詠んだように、
昔から城や石垣に例えて人材の重要性が説かれました。
石の特性を活かし、我が子のように真心こめて積み上げる。
だからこそ何百年も耐えうる、堅牢で美しい石垣が出来るのです。

私たちも穴太衆の職人がみごとな石垣を積み上げるように、
有能な人材を発掘し、育て、活躍するようにできないものか…。
松下幸之助など偉大な経営者は誰もが人の問題にぶつかりましたが、
自力で乗り越え、それが重要な経営ノウハウとして受け継がれています。

穴太衆の石積みは形や大きさが違う自然の石を使うため、
その技術を伝承するためのマニュアルがありません。
現場で創作をする芸術作品の趣きがありますが、
どうやってノウハウが伝承されてきたのか?

その道を究めた人物は「人生死ぬまで修行」

~ 石の声を聴け ~
穴太衆400年の系譜を受け継ぐ15代目当主 粟田純徳さんが、
師匠であった祖父の万喜三さんから叩き込まれた言葉です。
話すはずのない“石の声を聴け”とはどういうことか。
「要するにどれだけ石を観察しているかだと思います」
大きな石の横に小さな石を置くと、より一層大きく見える。
きれいな顔の石の横にゴツゴツとした石を置くときれいに見える。
小さな石も、形の悪い石も大切な引き立て役になると粟田さんはいう。

穴太衆の技法を企業の人づくりに置き換えるなら、
社員一人ひとりを丁寧に観察し、長所を活かす仕事を与え、
弱点は指摘しないでそれを得意とする人が補うように配置する。
要するに欠点を指摘せず、長所伸展法を基本とする指導でしょうか。

ところがこの方法は実践する管理者にとって極めて難しい。
なぜなら、部下の欠点は自分の強みだからよく見えるのです。
「こんなこともできないのか…」と、部下の欠点を指摘すれば、
自分の優越感が満たされるためにその癖は簡単に治りません。

また、部下の長所は自分の劣等感につながるため認めたくない。
中には部下に追い抜かれないように個人成績を競う管理者もいて、
長所伸展法は優越感と劣等感を超越しないと真の効果はないでしょう。
人を育てる方法は様々ありますが、自分のものにするのは永遠の課題です。

石垣づくりも大きい石に小さい石、尖った石に丸い石など、
様々な関係性で成り立っている人間社会と同じで難しい。
粟田さんの師匠 万喜三さんは人間国宝にもなった人物で、
「人生死ぬまで修行や」が口癖だったという。

視座を変えると 一挙に経営の視野が広がる

日本電産創業者の永守重信会長が4度目のバトンタッチに失敗しました。
100億円の私財を投入して大学の理事長に就任したことで、
人生の仕上げとなる教育者に注力するかと思いきや、
本業の最高経営責任者として復帰したのです。

オーナー企業の場合は後継経営者にバトンが渡っても、
先代社長が会長や相談役で実権を握っていることが多い。
重要な意思決定には事前の相談が必要で、細かな指導が入り、
後継経営者は「いつまでこれが続くのか…」とストレスが溜まる。

人生を賭してやりたいことを見つけた人は、
人生最後のその瞬間までやりたいことを続ける。
特に創業経営者は「人生死ぬまで修行」と考えており、
どんな役職であれ、命が尽きるまで経営を続けるでしょう。

次の世代を担う経営者は、本番に備えた準備をしながら、
創業経営者はそんな人物だと思っておいた方がいい。
しかし、その時は必ずやってくる。
それは10年後か5年後か、いや明日かも知れません。

技芸を伝承する世界には弟子に対する教えがあります。
~ 師を見るな 師が見ているものを見よ ~
「弟子が『師』を見ている限り、その視座は『今の自分』から動かない。
今の自分を基準に師の技や芸を解釈し、模倣することに甘えるなら、
技芸は代が下がるにつれて劣化し、変形していくでしょう。

弟子は、師その人や、師の技ではなく、
『師の視線』『師の欲望』『師の感動』に照準を合わせなさい。
師が実現しようとしていたものを正しく射程にとらえたなら、
原点にある大切なものは汚されることなく時代を生き抜くはずです」
           内田 樹著『寝ながら学べる構造主義』より要約

感情移入に成功すれば 本当に大切なものが見える

偉大な経営者の後を引き受けることは容易ではありません。
今のうちに考え方や判断軸を学んでおきたいと思うでしょう。
しかし、今の立ち位置から「先代社長」のことを見ている限り、
その先にある本当に大切なものは、いつまでたってもつかめません。

「オヤジだったら、この場面でどうするか?」
このような心境は先代社長に甘えているに過ぎない。
「オヤジはオヤジで、オレはオレなりの独自の経営をやる!」
これも立派なようだが先代社長を意識し過ぎで、いつかブレが生じる。

父親は口うるさく、頑固で動かない石のようだと思っていたが、
息子自身がそんな父親に甘え、今の自分を変えないで、
父親以上に動かない“頑固な石”だったのです

新しい時代を担う若い経営者は今のうちに、
「えいや!」と、先代社長の心に入り込みましょう。
感情移入に成功すれば、視座は先代の位置にガラッと変わり、
本当に大切なものがくっきり見えることでしょう。

伝統と革新の両立が必要な新しい時代の経営者。
時代の変化に合わせて変えなければならないものと、
変えてはならないものがあるのは「頭」ではわかっている。
「それは、何か」と確信をもって語れる日はもうすぐそこです。

安土城の城跡にはもちろん天守閣は残っていませんが、
荘厳な石垣群に穴太衆職人の心根がしっかり残されている。
そこに晩秋の趣きが重なると、自然と人間が調和する美しさと、
はるか昔に時代を担った天下人たちの「滅びの美」が漂ってきます。

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