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バイマンスリーワーズBimonthly Words

俺がやらねば誰がやる

1994年03月

経営環境が様変わりし、あらゆる企業でその組織体制の見直しが行われています。さまざまな角度から検討が加えられ、取り組むべき新たな課題が次々と明らかになってきています。私が実感するところでは、昨年まではこの不況がいったいいつまで続くのか、といった将来不安の意識が先行し、前向きな対策を講じる余裕のない中小企業が数多くありました。

しかし、今は違います。来期以降の市場予測が可能となり、これまでのような単なる売上成長政策を反省し、付加価値重視政策、特に一人当り付加価値の成長政策を方針とする企業が増えてきました。ほとんどの大企業においては、まだ固定費の圧縮対策に躍起になっており、立ち直りの政策は打てていません。一方中小企業では、体制を整えた企業が戦略を立て直し、すみやかなスタートを切っています。

総論賛成、各論??

先日、食品加工メーカーのS社で次のようなことが起こりました。

デフレ経済が進行し、業界では品質上の差別化以上に価格競争が激しくなってきており、どの企業でも値下げ方針を出さざるを得ない状態です。そこでS社でも幹部会議を開き、これまでにない重要な決定をすることになりました。社長を含めた5人の幹部は異口同音にすべての商品の抜本的な価格改訂の必要性を訴えました。また、価格下落を補うための新規取引先の拡大方針も全員一致で決定されたのです。そしてこれら2つの重要事項を効果的に実行するためにその実行責任者を決めることになりました。

ここからが問題なのです。局面を打開する設計は見事にできたのですが、いざそれを実行する責任者となると誰も名乗りでないのです。業を煮やしたS社長は、片腕である専務に対し指名提案をしました。どちらかといえば管理畑の専務は、今回のテーマは営業関連であるので商品部長と営業部長であるべきだと主張しました。S社長はその言わんとするところは理解できるのですが、今ひとつリーダーシップに乏しい両部長ゆえに、専務に打診したのでした。各部長は社の命運を分ける最重要課題なのだから。社長や専務にお願いしたいと言います。こんなやりとりが延々と続いた結果、両部長が納得のいかないままその役を引き受けることになりました。このような状態でこの局面に向かうことについてS社長ご自身も不満な様子です。

「総論賛成、各論反対」という言葉があります。ところがS社の場合は、「総論賛成、各論“逃げ”」の状態になっています。各人がそのテーマから逃げたけれども逃げ場を失った両部長が後から追いかけてきたテーマに捕まってしまった格好になってしまったのです。こんな状態で取り組んだのでは成功するはずがありません。

企業運営において、今取り組まねばならない最重要なテーマについて責任者が不在のまま進めることは心棒のないまま円盤を回転させるようなもので、すぐ空中分解を起こしてしまいます。またS社のように責任者が納得しないままで進めるならば、心棒が円盤の中心からずれてしまいます。ゆるい回転では持ちこたえられますが、高回転になると遠心力が働いて、すべて中心から遠ざかり、いずれこれも空中分解するのです。

S社がなぜこんな状態になってしまったのか考えてみましょう。

自信がなくなると自分のことしか考えられなくなる

わたしたちはなぜ逃げるのか、またどんなときに逃げを決めてしまうのでしょう。

そのひとつは、自信が持てず、失敗を恐れて逃げる場合、もうひとつは単純なずぼら人間の場合となります。後者については経営幹部はおろか、ビジネスマンとしての資質に問題があり、違う世界での活路を見出だしてもらわなければなりません。

問題は前者のケースです。自信が持てずに逃げてしまったり、いたずらに時間を浪費しその場でうろうろしている人がいます。「自分が責任者となって成功するだろうか?失敗して敗北者になりたくない」「自分がやり出してもどうせ後で口をはさまれて悪者にされるだろう。だから今のうちに断ろう」このような気持ちが働くのでしょうか。管理者のなかで時折こんなタイプの人に出会います。

新幹線の生みの親といわれる島秀雄氏は「“できる”ということより“できない”と言い切る方が難しい。なぜなら、“できる”と言い切るにはたった一つの手段があればよいが、“できない”と言い切るにはあらゆる可能性を探った上でなければ言えないからである。」と言っています。島氏ご本人の体験から出た説得力のある言葉です。

S社においてはできない理由、言い訳の温床が知らず知らずのうちに拡がっていたのでした。人は自信を失うと自分のことしか考えられなくなります。そして自分の立場や身の危険を強く感じるようになり、つい逃げることを考えてしまいます。一般には、人に逃げ場を与えることはその人を救うことができます。ところが、自分で逃げ場を作ることは誰かを苦しめることになるのです。これは結果として卑怯な行為となります。卑怯とは勇気のない行為を意味します。

トップは逃げられない宿命にある

トップが逃げてしまうこともあります。S社の場合、本来なら価格改訂作業か新規取引先開拓のいずれかについてトップが総責任者となって陣頭指揮を執って実行に当たるべきだったのです。今回のS社長には特別な事情があったのかも知れません。もしそうでないならば大きな過ちを犯したことになります。中小企業の運営においてその時々の最重要なテーマについては常にトップが先頭に立たなければなりません。トップでなければ思いきった意思決定ができないために、その組織が守りに入り、勢いのないものとなってしまうからです。

トップにはいつも迷いや不安がつきまといます。特に今のような不況期ではなおさらです。そんなときは逃げ出したい気持ちも起こってきます。若い後継経営者の多くがこんな悩みを持っておられます。

正直なところ、私も現在の事業を運営する中で何度かそんな気持ちを抱いたことがありました。落ち込んでいるとき、ふと我に返ると自分のことばかりを考えていることに気づきます。「これだけ頑張っているのに周りは認めてくれない。」「私の能力もここまでだろうか。」誰でも一度や二度はこのような気持ちになったのではないのでしょうか。

そんなとき、仏法に教えられるのです。禅の教えの中には生まれながら備わった生命には限りない智恵があるといいます。人はオギャーと生まれたときから自らの手で生きるがための乳を求めます。そして自らの力で這い、立ち、そして歩むことに挑戦するすばらしいパワーを持っているのです。ところが年を重ねるにつれ「こんなこと到底私にはできない」などと、さまざまなできない理由やわがままを並べることを覚え、自己の 可能性を自ら摘み、挑戦することを忘れてしまうのです。

経営とは可能性を追及する仕事だといいます。だからトップが逃げることは許されません。今の選択が正しいかどうかは実践で初めて実証されます。正しさを証明できるまで続ければいいのです。失敗を恐れていては実践に力が入りません。名誉を傷つけられるのも恐ろしいものです。しかし、周りからいかなる中傷や評価をされようと命まではとられません。だったら名誉も捨てましょう。今こそ勇気を奮い立たせるときです。名誉を捨て、言い訳の材料を捨て、今あなたがなすべきことに全力を注ぎましょう。

俺がやらねば誰がやる!

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