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バイマンスリーワーズBimonthly Words

後生、畏るべし

2004年11月

前回に引き続きプロ野球のお話から。
史上初のストにもつれ込んだオリックスと近鉄の合併は選手会の譲歩で承認され、あとは新球団の参入問題になっています。それは新進気鋭のライブドア堀池社長(31歳)と楽天の三木谷社長(39歳)の若い社長二人に絞られていますが、このお便りが届く頃にはどちらかに決まっているでしょう。
しかし、他にも球団身売り説が飛び交い、いまだプロ球界が不安定な状況にあることは確かです。
とにかく今回の騒動でさまざまな球団経営の問題点が浮き彫りになりました。

「無礼なことを言うな。分をわきまえないといかん。たかが選手が!」と選手会に対して暴言を吐いた渡辺恒雄・前巨人軍オーナー。本当に1000万部という世界一の発行部数を誇る大新聞のトップの発言なのでしょうか。この発言がファンの心を選手側に傾けたことは否めません。

たしかに選手はプレーに専念しファンに感動を与えることが本業で、経営という観点では“たかが選手”と言われても仕方ありません。しかし、ファンの署名を求める選手に対し、「そういう大衆迎合的な真似はやめた方がいい。高橋君(巨人軍の選手会長・29歳)は若いし、まだものを知らない」と、選手どころかファンまでを侮辱する発言。プロ野球の頂点に立つ権力者が、球団経営へ参入を希望する若い経営者を排斥し、選手やファンを侮辱する…なんという横暴でしょう。

アメリカ大リーグでは選手も球団もあの手この手でファンサービスに取り組んでいます。サッカーのJリーグでは選手とファン(サポーター)が一体となって必死にチーム運営をしています。
それに比べて保守的で、時代錯誤の経営を続けてきた日本プロ野球界。最盛期には5000万人ものファンを抱えていたといわれる過去の栄光が忘れられないのでしょうか。特に権力者が若い経営者の参入を拒絶し、選手やファンを力でねじ伏せようとする構図、いわゆる“老害”を撒き散らしているようなことでは明日はありません。

“昔は良かった”はウソ

権力者がいたずらに歳を重ねると、権力で相手をねじ伏せ、若い人のことを軽んじるようになります。そんな時に出てくる言葉は、「今時の若い者は…」でしょう。この言葉には「こんなことも出来ないのか、知らないのか!」と相手を見下ろす侮蔑感が漂っています。

ところが、この言葉の背景には、新しい価値観についていけない自分を正当化しようとする心境が見えてきます。これは「過去の自分への過信」がもたらしているのです。

古代エジプトのパピルス(紙)にも「今時の若い者は…」と書かれているそうで、若者が作り出す価値観を認めようとしないのは、何千年も昔から続いている大人の習性のようです。

もう一つ、人生経験の長い人が使う言葉が、「昔は良かった…」ではないでしょうか。

たしかに戦後間もない頃は、公害もなく、人情味の溢れる人々が助け合って生きていました。ところが当時を調べてみると、たとえば医療技術の程度は低く、病気やケガで苦しんだ人は今の比ではありません。人権は尊重されず、男女差別、学歴差別はひどいもので、何といっても経済的には貧困を極めていました。総合的に考えると、当時の環境が今より良かったとはどうしても思えません。

もし、年齢を重ねた人がそう感じるのが正しくて、どの時代も以前より悪くなっているのであれば、世の中は太古の昔からどんどん悪くなり続けてきたはずです。そんなことはありえません。確かに今、環境破壊や多発する異常犯罪など、昔にはなかった深刻な問題が起こっています。しかし、人類は必ずそういう問題を乗り越えていきます。いや、乗り越えなければなりません。

ですから「昔は良かった」なんていうのはウソです。

ではいったい何が良かったというのでしょうか?

いかがでしょう、あなたは過去に苦しい経験をしても、その苦しさの後に訪れる良いことだけを思い出しませんか? そう、人間の記憶とは嫌なことは忘れて、良いことばかりを思い出すようにセットされているようです。ですから「昔は良かった」というのは、「輝いていた昔の自分」が良かったと思っているのではないでしょうか。

若い頃はハングリー精神の塊のようだった日本企業のリーダー。とくに戦争を体験した人々は生死の境をさまよい、かろうじて命をつないできました。こんな極限に近い苦労をしながら毎日を精一杯に生きていた自分は、今の自分と比べてなんと輝いていたことか…。そんな感情なのでしょう。

ところがここへ来て残念な問題が起こっているのです。そんな苦労を経験した経営者でも、ここ近年は少しばかり蓄えた財産の上で安穏(あんのん)とし、地から湧き出るようなハングリー精神を失っているのです。

日本企業のリーダー達の事業意欲はここ十年ほどの間にすっかり消えてしまったのでしょうか。

“全力投球”が新たな力を産む

京セラの稲盛名誉会長が、ある会合で次のように語っています。

「我々年配者は総退陣し、政界も経済界も40代を軸にした体制にしてはどうか。年寄りが集まると、決まって健康の話になる。ジョギングをやっているとか、あの薬がいいとか。そんなに健康が大事なら会社に来るなと言いたい。健康に気を使わなくても健康なのが若い人のいいところではないか」

ちょっと無謀なようにも聞こえますが、健康問題は経営者の事業意欲を減退させる大きな要因であり、確かにそんな一面はあるでしょう。

ところが、若くて健康な人には事業意欲があって、年配の経営者にはないと、一概に言い切れるでしょうか。若くして意欲を失っている経営者はたくさんいますし、一方、判断力と業務処理能力は低下しているけれども、80歳を超えても意欲満々に社長業を続けている人もいます。

さあ、この違いはどこから起こってくのでしょうか?

事業意欲を平たく言えば、「もっと儲けたい」「もっと大きな財産を手にしたい」といった欲求のことでしょう。これはなんとなく汚らしい感じがしますが、決して悪いことではありません。まずは不安定な経済状況から脱し、家族や社員を安心させなければならないからです。

ところがこのような経済的欲求の欠点は、ある程度の財産ができてしまうと、たいていの人がその財産の上で安穏としてしまいハングリーな精神が薄れていくことです。

企業のリーダーは経済的な欲求がある程度満たされたら、そこで満足するのではなく、より高いレベルの欲求に目覚めなければならないのです。

それは本当の事業意欲に目覚めることにほかありません。本当の事業意欲とは、企業や組織をよりよいものにしたいという強い欲求であり、そのためには結局、リーダーである自分自身がより成長したいという成長意欲に目覚めることなのです。

成長意欲とは「全力を出し切る力」と置き換えると分かりやすいでしょう。

人間が自分の持っているものをすべて出せば何らかの成果が表れます。しかし、持てる力をすべて出してしまうと自分の中には何も残りません。そこで新たな成果を生み出すためのエネルギーやノウハウを補充する必要があります。中身が空っぽですから、それはものすごい吸収力があります。空気をよりたくさん吸い込みたい時に、目一杯に息を吐いて肺を空っぽにしなければならないのと同じことです。

人は五感を通して知識や情報を吸収し、それを咀嚼してノウハウとして作り上げて、それを外に放り出しています。これを繰り返すことで人は成長していくのです。

人は誰でも無限の可能性を持っています。ですから、成長するにはまず自分の持てるものをすべて出し切ることが重要なのです。

あと20年かけて金メダルをめざす、は冗談ではない

人は経験を積んでノウハウがたまると、中途半端な要領をつかんでしまいます。そして何か新しいことや困難な問題にぶつかると、自分の経験の延長線上で、「できない」とか「やってもどうせ成功しない」と思いがちになります。こんな感情が自分の成長にブレーキをかけるのです。

自分の成長が止まったら、事業に対する意欲も同時に衰退します。そして、このような経営者の意欲低下が企業の成長にもっとも大きな影響を与えるのです。

事業への意欲が低下し始めたら、若い人たちと接してそこから学ぶことが一番の特効薬となります。

アテネオリンピックで銀メダルを獲得し、“中年の星”として脚光を浴びたアーチェリーの山本博さんは前回のシドニー五輪の国内予選でまさかの落選。奈落の底に沈んでいた自分を助けてくれたのはなんと教え子の生徒だったといいます。

「子供たちもインターハイで惨敗したんです。ボクと同じようにショックを受けていると思ったら、翌日、元気に矢を射っているんですよ。純粋にうまくなりたいと思っているんですね。それは自分が忘れていたことです。彼らと向き合ううちに落ち込んでいる自分がばからしく思えてきました」

成功の可能性が低くても新しいことに果敢に挑戦し、全力でぶつかる若い人たち。その純粋な意欲からはエネルギーだけでなく、怖ろしささえ感じます。

“後生、畏るべし”とはこんなところから語られてきました。

「子曰く、後生畏るべし。いずくんぞ来者の今に如かざるを知らんや」~ 論語 ~

若い人が今の自分に及ばないなどと、断定できない。今は頼りないと思っている若い人も、経験を積めばあっという間に成長し、あなたの存在をおびやかす時がくる、現代語訳すればこんな意味でしょう。

企業のリーダーが強烈な成長意欲を持続しなければ、若い経営者が率いる競合他社に簡単に追い越されてしまいます。成長意欲を維持するのが辛くなったら、若い人たちの価値を認め、充分なコミュニケーションを図ることでエネルギーをもらいましょう。そして、彼らが大いに活躍できる場を提供してあげようではありませんか。“老害”が若い人の芽を摘むようなことをしている場合ではありません。

41歳で20年ぶりのメダルを獲得した山本氏は「今度はあと20年かけて金メダルを目指します」とコメント。その後、このコメントは冗談ではないと言い切っています。

経験豊かな人が新しい成長意欲に目覚めた時“いぶし銀”のような味わいのある輝きを放ちます。

成長することに年齢は関係ないのです。

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