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株式会社新経営サービス

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バイマンスリーワーズBimonthly Words

アウフヘーベン

2006年05月

昨年における日本人の出生数から死亡数を引いた「自然増加数」が約1万人のマイナスに転じたことが明らかになりました。
これは人口調査を始めた1899年以来初めての現象だそうで、今後人口のマイナスが加速するのは確実になりました。
平成22年には人口の3人に1人が60歳以上、労働人口の5人に1人が60歳以上という「超・少子高齢化時代」に突入
するのです。

一方、業績回復が顕著になった大手企業は新卒人材の採用に強い意欲を示し、中小企業にとっての人材採用は真に厳しい状況
になりました。新卒の採用に重点を置きながら、高齢者の活用、女性の戦力化など中小企業においてはこれまでとは違った
人事戦略が必要になっています。

人口が減少し、老人主体の世の中になり、女性が世の中を引っ張っていく。若者のファッションでは和風の良さが見直され、
日本食は世界的なブームになっています。昨今起こっている、この社会現象は「陰」が「陽」に、「陽」が「陰」に転換する
中国に古代から伝わる陰陽学の逆転現象のようです。

経営に従事してきた私達にとっては、何といっても1990年にバブル経済が崩壊し、初めて体験したデフレ経済が最も
強烈な逆転現象でしょう。
じつは世界大恐慌が襲った1930年代に日本もデフレを体験していましたが、それは単なる「過去の歴史」であり、
教訓として残されていませんでした。

同じ状態がずっと続くと思い込んでいると、どれほど判断を間違うか、周りが変わるとこれまでのやり方がいかに通用しないか、
を思い知らされた出来事でした。

そして、ここに来てデフレ経済が終息に向かい、世界的に景気が拡大傾向にある今、原油価格が高騰し、各種産業の原材料が
大幅に値上げされ、インフレ傾向が顕著になってきました。 10年以上もデフレ経済にいた消費者ニーズのリバウンドでしょうか、
高めの価格で高付加価値を前面に打ち出した上級のスーツ、プレミアムビールなど、高級品の売れ行きが好調なのです。

さあ、私達はまたまた大きな転換点に置かれました。 企業のリーダーはどのような視点で世の中の変化を見ていけばいいのでしょうか。

現在の動きは必ず反転する

多摩大学大学院の田坂広志教授が、最近の著書 「使える弁証法(東洋経済新報社)」で次のような見解を述べています。
(私がお奨めしている月刊誌『トップポイント』2月号で紹介されました。その内容から解説します)

ドイツの哲学者ヘーゲルの生んだ弁証法のなかに「否定の否定による発展の法則」というのがある。
これを証券会社の例で見てみよう。従来の証券会社は対面による”情報サービス”で売買手数料が高かった。
ネット証券会社はこれに対抗し、インターネットで株の売買を行う”取引サービス”に絞り売買手数料を
安くして飛躍的に成長した。これが第一の否定である。

ところが多くのネット証券会社が生まれて価格競争が激化し、売買手数料は”価格破壊”の状況になった。
そこで、あるネット証券会社の社長は「これ以上の価格競争は行わず、これからは高付加価値の情報サービス
で勝負する」と宣言した。これが第二の否定である。

価格競争は情報サービスの競争を否定する形で始まったが、その価格競争を否定する形で、情報サービスの
競争に向かうという反転が起こったのである。
ヘーゲルの弁証法というのは、この世で最も難解な理屈だと言われているそうですが、分かりやすく解説
されています。

「否定の否定による発展の法則」は陰陽の逆転現象となんとなく似ています。
ただし単に陰と陽が交替で現われるということでなく、リバウンドで戻ってきた時にはもう一段階高い
レベルに上がっているというものです。

女性軽視の時代が長く続きましたがその反動なのでしょうか、経済・文化・スポーツなど幅広い分野で
女性が活躍するようになりました。また、戦後に日本の伝統文化を否定する考え方が起こり、それを
もう一度否定することで和風の製品や日本食が一段高いレベルで登場したとも考えられます。

発泡酒や第三のビールでジュースと変わらないレベルまで価格破壊が進んだビール業界で、高級ビールが
売れて生産が追いつかないというのは、ネット証券業界とまったく同じ現象です。 ならば冒頭の人口減少
問題も楽観視はできませんが、いつかは再逆転現象が起こり、人口増加に転ずることでしょう。

会社は矛盾の集合体

経営環境の変化をつかむには、「否定の否定による発展の法則」を頭に入れておけば、今はどういう状態なのか、これからどのように転換していくのか、ある程度は読めるような気がしてきました。
そこで現実的な問題を考えてみましょう。

このような経験はないでしょうか? いつもは顧客第一主義を叫んでいる経営者が、材料調達が困難な状況になると「仕入先が最も大切。やはり”利は元にあり”である。」という方針を打ち出す。そうしているうちに、人の問題にぶつかると「俺は社員のことを何よりも心配しているよ」と言う。上場会社になると、そこに株主が加わってくるのでもう何がなんだか分からなくなります。

社員は面と向かって言わないまでも「社長の方針は一貫性がない」と心の中で批判しているでしょう。
これは、組織運営の力学のような問題で、権力をもったリーダーがどんなことに意識を傾けているのか、意見が分かれた時にどちらに力を注ぐのか、その判断によって結果は大きく変わります。

そんな時、権力をもったリーダーが「否定の否定による発展の法則」のような考え方で、生きた組織を運営したらどうなるでしょうか?
利害が対立する人の間に立って、あっちへ行ったりこっちに来たりで、最後には「社長はどっちの味方なの?」と人間性まで疑われます。

じつは、会社とは利害で矛盾する人々の集まりです。このような矛盾が、経営者の迷いや悩みの根本原因になっているのかも知れません。
田坂教授は、ヘーゲルの弁証法には根本法則があると言います。
「矛盾の止揚による発展の法則」がそれです。

企業経営においては利益追求と社会貢献の矛盾にしばしば直面する。優れた企業は、この矛盾のマネジメントを見事に行っている。その要諦は「割り切らないこと」である。なぜなら、企業が抱える矛盾を機械的な割り切りによって解消してしまうと、同時に生命力や原動力も消えて、発展が止まってしまうのである。ではどうすればよいのか?
止揚[アウフヘーベン]するのである。アウフヘーベンとは互いに矛盾し、対立するかに見える2つのものに対して、いずれか一方を否定するのではなく、両者を肯定・包含・統合し、超越することによって、より高い次元のものへと昇華していくことである。

私は哲学のことは素人ですからよくわかりません。しかし、哲学者の言葉から得られたヒントを経営に活かすことはできるかと思いますので、掘り下げて考えてみます。

中小企業経営のアウフヘーベン

ドイツ語のアウフヘーベン(aufheben)の意味をもう少し細かく調べてみました。
それは日本のことわざの「清濁併せ呑む」に近いものがありますが、本質は違うようです。アウフヘーベンには、廃棄する・否定するという意味と、保存する・高めるという二様の意味があるそうで、ものごとは低い段階の否定を通じて高い段階へ進むが、以前の低い段階での積極的な要素が持ち上げられて、高い段階のうちに一緒に保存されるというものです。

やはり難しいですね…。中小企業の成長段階に置きかえて考えてみましょう。
企業が成長するには、まず利益の出る事業を作らねばなりません。要するに儲かる商品、儲かるビジネスモデルを作りだすのです。これが第一段階ですが、この段階では”アウフヘーベン”の概念は要りません。必要なのは「利益」です。

利益が出せるようになると第二段階に上がります。ここで得られた利益を経営者が独り占めすると、周りで不満が起こりますから、利害の対立する従業員にも利益を分配し、共通の立場に立ちます。ところが第一段階から持ち上げてきた”利益”が出なければ成り立ちません。利益、経営者、従業員という矛盾する三者の存在を、お互いに否定することなく、肯定・包含・統合することで、より高い第三段階へと昇華するのです。これが”アウフヘーベン”です。

第三段階に進むと、利益を出して経営者や従業員もそれなりの恩恵を受けることで顧客や取引先に対する貢献を本気で考えるようになります。ここで前段から持ち上げた”従業員の満足”が不充分だと空回りします。これが顧客や取引先と経営者や従業員との第三段階における”アウフヘーベン”です。

そして第四段階になって会社の利益も出て、顧客や取引先も安定すると、社会貢献を真剣に考えるようになります。この段階になると第一段階から持ち上がってきた利益・経営者・従業員・顧客・取引先という矛盾する利害関係者のすべてが同居しています。ここで第四段階の”アウフヘーベン”によって社会貢献が実現できるのです。

なるほど … アウフヘーベン … か。私達一般人には馴染みがなくて、その意味も難解なものでした。でもなんとなく、将来のことですが、アウフヘーベンが経営の専門用語になるような気がします。
会議の場で、「今回の件は、お互いが利害の主張をするのではなく、この問題に関係するすべての人がもう一段高いところに上がりなさい、という天の声かも知れません。だから、皆で”アウフヘーベン”しましょう」 このような発言を繰り返していくうちに理解が深まっていくのかも知れません。

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