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バイマンスリーワーズBimonthly Words

陰徳あれば 必ず陽報あり

2006年09月

ずる賢いテクニックを使ってボロ儲けをたくらむ事件が後を絶ちません。
最近では日本経済新聞社の元社員がインサイダー情報を入手し、勤務時間中にインターネットの株売買をして
大きな利益を得ていた事件がありました。
ホリエモン騒動に始まった今年は、粉飾決算、株価のつり上げ、欠陥商品の隠ぺいなど、企業による不正行為が続いています。

しかし、どの事件も優秀な頭脳をもった人間が主体となって起こっています。
本来ならば社会の発展に大いに貢献できる人なのに、どこで間違ったのでしょうか。
ある証券会社では子供向けの「株のがっこう」が企画されています。子供が実際に10万円を持って投資をして株の仕組みを
学ぶというものですが、このような企画は村上ファンドの影響なのでしょうか。

こんな教育を受けた子供達が、将来にずる賢い経営者にならないか心配になってきます。
日本が、資源に乏しいのに豊かな国家になっていったのは、経済界に優れたリーダーがいて、その人達が、「右手にそろばん、
左手に論語」に示されるように、物心両面に優れた教育を施したからです。

特に近江の国(今の滋賀県)は、優れたリーダーを輩出しました。伊藤忠、丸紅、高島屋、日清紡、日本生命など日本を代表する
有力企業の経営者は、近江商人として鍛えられた人達だったのです。
彼らは近江に本宅を構え、天秤棒を担いで主に近江の国の外で商いをする”他国行商”が基本のスタイルでした。

たとえば、原材料(地方の物産)を国外から移入し、完成品(上方の商品)を国外へ移出させる”諸国産物廻し(しょこくさんぶつまわし)”
と呼ばれるノウハウを確立しました。 諸国産物廻しは近江商人が京で古着を買い求め、会津で売って大儲けしたことに始まりますが、
そこには地域の価格差を巧みに利用して利益を生みだした智恵が滲(にじ)み出ています。
日本の高度経済成長を実現した戦略のお手本が、近江商人の中にはすでに出来上がっていたのです。

日本流の社会的貢献は「陰徳善事(いんとくぜんじ)」

他国行商の場合、行商を行う土地の人たちからの信用を得なければ、商売が成り立ちません。
近江商人は一回きりの売り込みではなく、自分が見込んだ国や地域へ毎年出かけて行き、
血縁も地縁もないところから営業基盤を築かなければなりませんでした。

そこで、信用を築くための智恵として代々教え継がれてきたのが有名な「三方よし」の精神です。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしの精神は、売買をする当事者だけでなく、
取引きの背後にある第三者、地域社会、ひいては社会全体の幸福につながらなければ信用は
得られないという教えです。

近江商人の社会的な貢献活動は、治山治水、道路改修、貧民救済、寺社や学校教育への寄付など
幅広いものでした。
文化12年(1818年)には、中井正治右衛門が瀬田の唐橋の架け替えをしていますし、昭和12年には、
伊藤忠の専務・古川鉄次郎が当時で60万円(現在価値で十数億円)という巨費を投じて豊郷(とよさと)
小学校を創設しました。鉄次郎の教育への情熱を具現化した学校は、当時の最新設備を備えていたそうです。
このように先人の経済界のリーダーは、儲けること以上に、お金の使い方が見事でした。

ところがこのような大事業は、近江商人がめざしていた本来の社会的貢献ではなかったらしいのです。
それはどのようなことだったのか?
それは、人に知られないように密かに善行を施す「陰徳善事(いんとくぜんじ)」が本当の教えだったのです。
神社やお寺に寄付をすれば名前が掲げられますし、福祉施設などに献金すればマスコミで公表されます。
このような行為は、人に見えるところで行われる行為で「陽徳」といいます。

一方、人に知られないように、人のためになる行為をすることが「陰徳」です。 たとえば、部活動をしている
人が誰もいない体育館に朝早く出て床掃除をして練習をする、名前を伏せて研究機関に寄付をする、といった
行為で、これを続けることを「陰徳を積む」といいます。

なるほど……。しかし、どうも納得がいきません。
「陰徳善事」は、優れた近江商人を育てるための教えであって、文化人を育てるためではありません。
だのに、いいことをして世間にPRすることを良しとしないのはなぜなのか?

見返りを一切断ち切ることで、本当の信用が生まれる

出光石油の創業者、出光佐三が26歳の時の話です。
独立して事業を起こすことを考えていましたが、家が破産して資金がない。そんな時、学生時代に息子さんの
家庭教師をしたことのある淡路の資産家で日田重太郎という人が、別荘を売って当時で六千円、現在価値では
約五千万円もの大金を独立資金としてポンと出してくれたのです。

「これはお前にやるんだ。おれは事業なんかに興味はないから返す必要はない。ただ独立自営というその主義
を徹底してやり抜け。そして親に孝行して、兄弟仲良くせよ。それだけがおれの希望だ。」
そして、若い佐三に対して、 「このことは、他人(ひと)に言っちゃいけないよ」 と、念を入れたといいます。

「これが、日本人の陰徳のあり方です。”自分はただ出光を助けるだけでいい”という陰徳のあり方を、私は日田さん
から教えられたのです」 佐三は晩年にこのように述懐(じゅっかい)しています。
人間は自分の存在や、自分が行った行為を周りの人に認めて欲しいと思うものです。

これは、人間が一人では生きることができないので、周囲との関係性を保ちたいという依存心からくるのでしょう。
相手のための行為でも、何らかの見返りを期待すると、最終的には自分の欲求を満たすための行為であったことになります。
ところが自分のとった行為が他人に認められなくてもよい、という心境になるとこれは違ってきます。
それは自分への見返りを一切断ち切っているのです。

「返さなくてもいい」と言われた時、佐三はまだ半信半疑だったのではないでしょうか。
半分しか信じていなかった人から、「他人(ひと)に言っちゃいけないよ」と念を入れられたことで、初めて全幅の
信頼を寄せたものと思われます。

日田重太郎氏の”与えて報いを求めない”という行為は、”自分はただ出光を助けるだけでいい”という信念を、
若き佐三の心に植えつけたのでした。

"表の三方よし"と"裏の三方よし"

近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」は、会社の外側にあることを対象にしています。
これが「表の三方よし」です。

ところが、これらを実践するのは会社を構成する内側にいる人です。つまり、「社員よし、経営者よし、
株主よし」という「裏の三方よし」を実践することが重要になってきます。
そこで、社員・経営者・株主というそれぞれの立場の人が、「陰徳善事」を実践すれば、対立することなく
バランスが保たれるのではないでしょうか。
 
まず「株主の陰徳」とは何か?
それは日田重太郎氏のように、返ってこなくても良い、という心境であたたかく経営者の動きを見守ること
でしょう。しかし、多くの中小企業は、株主と経営者が一体ですから大きな問題ではありません。

それよりも、上場企業の株を買ってはその動きに一喜一憂しているオーナー経営者がいますが、これは少々
浅はかな話ではないでしょうか。そんなにお金があるなら、自社株に投資して自社の地盤を固めればいいのです。
他社の株は信用できるが、自分の会社の株は信用できないというのでしょうか。

続いて「経営者の陰徳」とはどのようなものか? それは、「公私混同をしないこと」です。権力者が人の
知らないところで公私のけじめをキッチリつけることは、社員に対する倫理・道徳の手本であり、経営者が
この掟を破ると組織は崩壊します。
経営者の陰徳にはもう一つあって、くどいですが「経営能力を高める学習を怠らないこと」です。
どちらも他人から見えない経営者の裏側の事柄ですが、社員はお見通しですから気をつけて下さい。

最後に「社員の陰徳」とは何でしょう?
それは、「己の職務能力を高める努力を怠らないこと」です。
一流のスポーツ選手や仕事のできる人たちは、人の知らないところで陰徳を積んでいるものです。
営業マン、生産担当、開発担当など各専門分野において学習すべきことは山ほどありますので、レベルアップ
のための訓練を続けましょう。これらの陰徳はその人の財産となりますし、人からどんな評価を受けようが
気にせずに、自分の実力を着々とつけている人はどのような状況になっても負けません。

 ~ 陰徳あれば、必ず陽報あり ~

「人知れず善行を積んだ者には必ずよい報いがはっきりと現れる」(淮南子「人間訓」)という言葉が
あるように、報いを求めない行為は真の実力や信用が生まれてくるものです。
近年の事件は、優秀な頭脳をもった人間が見えないところでコソコソと悪行を重ね自分の利益ばかりを
追いかけている。密かに善行を施す「陰徳善事」との距離が広がっていることに憂いを感じています。

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