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株式会社新経営サービス

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バイマンスリーワーズBimonthly Words

豊かなる成長

2007年01月

新年明けましておめでとうございます。
本年もバイマンスリーワーズ、そして新経営サービスをどうぞよろしくお願いします。

2002年2月から続いてきた景気の拡大が、これまで最長だった「いざなぎ景気」(1965年から57ヶ月)の記録を
抜いたという発表がありました。しかし、日々の生活が良くなっているとは思えずピンとこないのが庶民の実感。
経済成長率は当時の4分の1にも満たず、収入はむしろ減っている人もあります。大企業は潤うけれども、個人消費が停滞する
という見かけ倒しの景気回復のようです。

戦後の日本企業は、馬車馬のように突っ走り奇跡的な経済成長を実現しましたが、その実態はアメリカ主導による大量生産、
大量消費、大量廃棄という量的な拡大をめざしたものでした。結果、自然環境の破壊、健康被害など、急激な経済発展のツケを
山のように抱えています。

規模的な成長には限界があり、行き過ぎた行為には必ず代償があることを私達は痛感したのです。
ならば、大きくしないで今の企業規模を維持することを重点においた経営をすればいいのか?
そういうことではありません。
P.F.ドラッカーが生前に次のように語っています。
「これ以上成長すると資源の生産性が犠牲になる点はどこか、収益性を高めようとすると急激にリスクが増大する点はどこか。
成長の”最高点”ではなく、成長の”最適点”を検討しておく必要がある。」

つまり、企業の成長には限界があるというものの、生存競争を生き抜くためにはそれなりの規模にまで成長しておかねばなりません。

売上の最適点から、質的な成長に方向転換する

それなりの規模とはどの程度のことを言うのでしょう。中小企業なら、付加価値でまず1億円、
次の第二段階の目標が3億円、第三段階が10億円、そして30億円というのがザッとした区分でしょう。
それぞれの段階ごとに企業の運営方法が違います。ですから、今置かれている段階をスタート地点とし、
数年間かけて次の段階を目指せばいいのです。

それでは、どの段階をそれなりの規模、つまり”最適点”と考えればいいのでしょうか?
オールスター戦で9者連続奪三振、シーズン401奪三振の世界記録、延長戦ノーヒット・ノーランを
自らのサヨナラホームランで飾り、「野球は一人で出来るんや」と豪語したという元・阪神タイガースの
大エース、江夏豊投手。

剛速球投手の名を欲しいままにした江夏投手でしたが、入団8年目頃から思い通りのピッチングができなくなり、
また血行障害と心臓疾患で体力的限界を感じるようになりました。
この頃が技巧派投手に変身する”最適点”だったのでしょう。南海ホークスに移籍し、日本初のリリーフ専門投手
になります。その後、広島東洋カープに移り、「江夏の21球」と呼ばれる名勝負のすえにカープを日本一に
導きました。その後も活躍を重ねて「優勝請負人」の異名を得ました。

企業経営でも、何をやっても売上が伸びない、時には下がっていくということがあります。江夏投手が体力的な
限界を感じた時と似ています。
じつは売上が停滞したこの時が、それなりの規模であり、質的な成長に転換するチャンスなのです。
それでは質的な成長とはいかなることなのか、どうすれば質的に成長できるのかを考えてみましょう。

心が貧しいから経済的に貧しくなる

あるとき、お釈迦さまが弟子たちに言いました。
「これからみんなでお椀を持って托鉢(たくはつ)に回ろう。ただし、金持ちの家を廻ってはならない。
金持ちの家から、お金を頂いてはならない。貧しい人々の家を廻って托鉢をしてきなさい」
弟子たち驚いて、「お師匠さま、それは貧しい人々の家を廻ってはならない、金持ちの家を廻りなさい、
と言うのを、たまたま言い間違えられたのですね」と聞いた。

お釈迦さまは、「間違えたのではない。もう一度言う。金持ちの家を廻ってはならない。貧しい人々の
家を廻って托鉢をしてきなさい」と言った。
弟子たちは、不思議がって「なぜでしょうか?お師匠さま、教えてください」と尋ねました。
お釈迦さまはこう言いました。

「貧しい人々というのは、自分が貧しいので人に施(ほどこ)しはできないと思って今まで施しをして
こなかった人々だ。そのために苦しんでいる。その貧しさの苦海から救ってあげるために托鉢行という
ものに出かけて行くのです」

この話は、量的な成長から質的な成長に転換する岐路に立っている私達に、大いなる示唆を与えてくれています。
「自分にお金のゆとりがあったら、何か施しができるのに…」と思っているうちは、いつまでたっても
できません。この心の貧しさが、今の貧しさを招いている根本であることに気づかされるのです。
ではもう一段、突っ込んで考えましょう。なぜ、何故、心が貧しくなるのでしょうか…。

こころを貧しくする「劣等感」と「優越感」

子供たちへの虐待問題、学校でのいじめ問題が深刻な社会問題になっています。
じつはこれらの問題こそが、心の貧しさから起こっているのです。
心の中が貧しくなると、弱い者を攻撃することで得られる「優越感」によって、貧しくなった自分の
心を満たそうとします。これが虐待やいじめの心理的な構図です。

ところがこの「優越感」は、当面の心の中を満たすには、まことに手っ取り早いのですが、「劣等感」
の裏返しから生じた感情であるために、質がよろしくありません。 じつは心の中を貧しくする最大の
原因がこの「劣等感」なのです。 親が子供を虐待するのは、もちろん親に原因があります。

ところが、その親自身が子供の頃に同じような虐待の被害を受けていたというのがほとんどです。
それは肉体的なことだけでなく、精神的な場合もあります。学校の成績への過度の期待、差別的発言など
「劣等感」を感じる精神的な仕打ちを周囲の人からずっと受けていたのです。

その結果、自分よりも弱い者、つまり子供を通じて過去の「劣等感」の反動としての「優越感」を求めて
いるのが虐待です。学校のいじめ問題も根本心理は同じことです。 適度な劣等感は飛躍するバネになる
のですが、鬱積(うっせき)するとこれほど悪質なものに変わるのです。

また、劣等感は連鎖反応を起こします。それは、親と子供、上司と部下、といったタテの関係の劣等感が
連鎖するパターンと、もう一つは学校や職場の仲間、会社の部門などヨコの関係で劣等感が増殖する
パターンがあります。どちらも悪質なウイルスが増殖するように連鎖し続けていきます。

この悪質なる「劣等感の連鎖」を止めるのは、リーダーである”あなた”しかいません。 リーダーの心の中が
豊かにならなければ、社員一人ひとりの心の中も豊かにならないのです。

楽しみ、喜び、感謝の種を蒔こう

企業の成長は、一人ひとりの社員の成長にその源泉があります。そして管理者の成長、最終的には経営トップの
成長に帰結します。ところが、知識や技能はすばらしいものを持っているのに、それを支える「心」が貧しく、
ゆがんでいるために本来の力が発揮できていない人がいるのが残念です。

うちは下請け企業だから、地方の田舎会社だから、社員のレベルが低いから、という諦(あきら)め、ひがみ、
愚痴などの「劣等感」をまき散らしている管理者や経営者がいますが、そんなことで部下の心が豊かになる
でしょうか。

何をやっても売上が上がらないのは、自身の経営能力が頭打ちになっているというメッセージです。
しかし焦ることはありません。ここで将来に花を咲かせる”経営能力の種”を蒔いておきましょう。
具体的には、お金と時間の使い方を変えてみるのです。それは自分の能力が高まり、人間性が豊かになるような
自己投資をするのです。ならば、いつかはその種が実ってくれるという、楽しみ、希望、喜び、感謝といった
前向きな感情が湧いてきます。

そして、少しでも成果が表れてくると、うれしい、ありがたい、おかげ様でといった充実した言葉が出てくる
でしょう。そんな感情がいっぱいになっている心のことを「豊かな心」と言うのです。

楽しみや希望がもてないのは、何もしていないからです。自分に対して種を蒔いていないことを最もよく知って
いるのがあなた自身なのです。

今の日本企業の実態は、技術力、人材の能力、財務力など、どれをとっても世界最高レベルにあります。
問題はそれらの底辺を成す「心の豊かさ」が乏しくなっていることではないでしょうか。

心が豊かでないがために、ストレスに弱い社員、単純な判断ミスを冒す管理者、いつも何かに恐れている自信喪失
ぎみの経営者が生まれてしまっています。 収入や利益が上がるに越したことはありません。でも”毎年、毎年、
みんなの心が豊かになっています”そう言える一年にしたいと思っています。

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