Now Loading

株式会社新経営サービス

Books
出版物

バイマンスリーワーズBimonthly Words

木の根のように

2007年05月

新緑がまぶしい季節になりました。 暖冬の影響で異常気象が心配されましたが、大自然は順当な春の訪れと共に各地に花を咲かせてくれました。
そこには命の息吹が溢れています。
そんな大自然の恵みに対して、私たちは多くの罪を犯しています。
その一つに「ニセモノの森」を作ってしまったことがあります。
高度成長時代、日本全国で木材生産がさかんに行われ、スギ、ヒノキ、カラマツなどの針葉樹が大量に植えられました。

ところがその後、安い輸入外材に押されて針葉樹の事業は赤字経営となり、管理されずに放置されたままのスギ、ヒノキの林が目立つという問題です。
これが「ニセモノの森」です。
この森林危機に対して「本物の森作り」を提唱し、推進している人がいます。

世界中で3000万本の木を植え、1500ヶ所以上の森をつくった植物生態学者の宮脇昭氏。
「近年問題になっている花粉症は、あまりにも広く進められた針葉樹林の拡大造林政策の結果、スギ、ヒノキが大量に植林されたところに根本の問題が
あるのではないか。つまり、スギやヒノキの花粉は昔から飛んでいた。しかし、昔は広葉樹林が大部分の地域で残っていたために、影響が少なかった。」
と氏は語っています。

「本物の森作り」は花粉症対策に大きな前進となりますが、本当の目的はそんなことではありません。
ブナ科のカシ、クスノキなどの広葉樹を中心とした本物の森は「心のふるさとの森」であり、突然に襲ってくる台風、地震、大火などの災害から
「人間の命を守る森」なのです。

そのことは関東大震災、阪神淡路大震災など、大都会の火災現場でも多くの証明がされています。
ブナやカシなどの広葉樹が盾となって延焼を防ぎ、多くの人命を救ったのです。
何気なく見過ごしていた広葉樹の森。ほとんどの人間は、森や林の存在がいかに重要なものであったのか気づいていません。
私たち人間は、森や林によって守られていたのです。

広葉樹の直根が土をつかむ

今この文章に向かっている私は、桜の花が舞い散る最高の風情の中にいます。
少しでも多くの花を咲かそうと、先へ先へと枝を伸ばした桜。人々のやさしい視線を受けて
見事な花を咲かせたその枝先には虫や小鳥が戯れています。

ところが、堂々と枝を広げた桜の木の下では、驚くべき大自然の営みが行われています。
伸ばした枝の真下のあたりまで桜の「根」が伸びているのです。それは見えない土の下から、
必死になって地上の枝先を支えているようです。

桜に限ったことではなく、私たち人間を守る樹木たちは見えない地下の世界で、地上とほぼ
対称形の「根」を張り巡らせて、全体を支えているのです。
宮脇氏は、樹木の「根」について次のように語ります。

「針葉樹の多くは直根(ちょっこん)[地中の奥深くまっすぐに伸びた主根]を持たず、
根の発達深度は浅い。したがって地表から深い位置での土砂崩壊に弱く、スギやヒノキが
台風や土砂崩れで根こそぎ倒れてしまう原因はここにある。

これに比べて広葉樹は直根が深くまで達して、土をしっかりとつかんでいるので倒れにくい。
と同時に、逆に土砂崩れなどが起こりにくい土地をつくることになる。」

企業に置き換えると、経営者が「直根」で幹部は「横に伸びる根」というところでしょうか。
一般的に、企業のリーダーは地位が上がると偉くなったような錯覚に陥り、木の上から人々を
見下ろすような感覚を抱きます。

ところが、この感覚自体がまちがいなのです。

企業のリーダーは、地位が上がるにつれて「権限」も強くなります。
しかし、果たすべき「役割」はより深く、求められる「責任」はより重いものになっているのです。
地表[市場]で活躍する人々に対して、頭の上から指導するような姿勢では人はついてきません。

より深いところから、下支えをするという覚悟が必要なのです。
それは、土中深くに直根が伸びるように、誰にも気づかれず、誰に評価されるわけでもない。
そんな地味な活動なのです。

深堀りをすれば、新たな世界が広がる

しかし、経営者の仕事がこんなに地味で、地下で根を張るような暗い仕事なら、夢がありません。
まして、事業が下請け仕事でいつも要求を突きつけられていたら、面白くもありません。
中小企業の経営者とは、これほどまで圧迫され、かつ暗いイメージの存在なのでしょうか?
中小企業の経営者が、夢と誇りを持って仕事をするにはどうすればいいのでしょうか?

そこでまず、世の中はあるものによって支えられている「主」たる存在と、その主を支える
「従」の存在に分かれていることを理解しましょう。

たとえば、メーカーは材料供給や部品加工をする協力業者に支えられている「主」たる存在であり、
協力業者はメーカーを支援する「従」の存在です。

多くの中小企業はこの、「主」を支える「従」の役割を担っています。
この「主従関係」とは「上下関係」という意味ではありません。
「従」の役割は、決して卑下するようなことでなく、それはいつも「主」の周りにいて、変化に
対応しながら「主」を支えています。

では「従」たる存在はずっと「従」たる存在なのか?
完成品メーカーの陰に隠れ、小型モーターという「従」に位置する内蔵部品作りに徹した日本電産は、
この戦略を極めた結果「主」たる世界企業に躍り出ました。 靴下専門店を展開する「タビオ」は、
創業者の越智社長が丁稚をしていた頃から靴下一筋。靴下は、決して服飾品の「主」ではなく、裏方の
「従」の存在。安い海外製品に押されながらも国内生産にこだわり、オシャレを演出する靴下メーカー
として株式上場を果たしました。

 一般社会で陽の目を見ないような「従」たる商品やサービスも、徹底的に極めていくと、ある段階で
ブレーク・スルーをするように「主従逆転現象」が起こるのです。 こう考えていくと阪急電鉄を創設
した大実業家、小林一三氏の言葉が思い起こされます。

「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうすれば誰もお前を下足番のままにしては
おくまい。」 根性論を唱えている言葉に聞こえますが、じつは奥深い意味があります。

じつは下積みのような仕事でも、それを徹底的に極め、それが臨界点に達した瞬間に下積みではない、
全く新しい世界が広がるのです。

"人"という文字の意味

「人」という文字は、お互いが支えていますが、どんな意味があるのでしょう?
 人の字の上の棒が「主」で、外界に対応するように下から支えられている存在です。
 一方、下で支えている棒が「従」であり、いつも主を支えています。

ある時、下の棒が「疲れたので退(ど)いてくれ!」と言い、上の棒も「わかった!じゃあ、
退くよ」と、言って離れました。

すると、支えていた下の棒もあっさり倒れたのです。
それは、「支える者」は「支えられる者」に、じつは支えられている、という構図です。
経営者や経営幹部の仕事は、地下で根を張って地上の幹や枝を支えるように、社員には想像
できない気苦労や重圧感があります。また裏方に廻って行う仕事は、地味ながらも強いストレス
がかかります。

ところが、現場の社員からすると、そんなことは見えません。
「雨風を直に受けず、暖かな土の中から地上をコントロールする仕事でうらやましい…」
という程度にしか映らないのです。

残念ながら、立場が変わるとこれほどまで思うことが違うのです。
これもまた真実です。
お互いが、相手を支えていることは分かりました。ならば、まず足元の「根」が懐を深くして、
強く、大きくなりましょう。

根が強く広がらなければ、地上の木は大きくならないのです。
根を張って大きくなった木。そこから生まれた落ち葉が有機物に分解され、ゆっくりと川から
海へ流れます。それを養分とする植物性プランクトンが川や海に発生し、そのプランクトンを
大きな動物性のプランクトンが食べる。それを小魚が食べ、さらに大きな魚がその小魚を追って集まってくる…。

森と海そして人間は、何の関係もないように思いますが、見えないところで支え合いながら
一本の糸でつながっているのです。

文字サイズ