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バイマンスリーワーズBimonthly Words

徳は信なり

2011年07月

どうもスッキリしません。
政府や東電が発表する内容は、曖昧でよく分からない。
テレビや新聞が伝える情報は、真実が明らかにされていないようで、
疑心暗鬼の海外メディアは、日本のことを相当に”ヤバイ国”だとも伝えています。

国内にいた外国人の多くは、放射能を恐れて海外へ離散。
そして、大勢の国民はこの国の指導者を信頼できないでいる。
政府が真相を明かさないのには、それなりの理由があるのでしょうが、
重要なことが隠され、曖昧にされると、もやっとした不信感が湧き出ます。

そんなところへ「3.11は福島原発の破壊を狙った人工地震である」
といった、空恐ろしい陰謀論までがインターネットを中心に広がっています。
電力不足問題は日本にダメージを与え、原発推進を正当化するための方便だという。
とんでもない説ですが興味深い部分もあり、皮肉なことに政府の発表より説得力がある。

信頼できる人からの情報は、ものすごい拡散力を持っています。
上からの圧力によって、大衆誘導が行われるマスメディアの情報より、
Facebook や Twitter で届いた”情けの報せ”が信頼され、行動に移される。
チュニジアやエジプトの民主革命における Facebook の活躍は記憶に新しいでしょう。

被災者への配慮から、真実をそのまま伝えない方がいい場合もあり、
悲惨で残酷な情報はオブラートに包む、という思いやりも必要です。
しかし、信頼のおけない情報に、我が身を預けるわけにはいきません。
本当のことがわからないまま、仕方なく町や村から去る人、そして残る人…。
福島原発は、自治体と地域住民、国家と国民の信頼関係までも揺さぶりました。

人徳が主人であり、才能は使用人である

会社や職場での信頼関係は、どうなっているでしょうか。
まず、売上や利益といった正しい情報が公開されていなければ、
「うちの会社は大丈夫だろうか…」と、社員は不信感を抱くでしょう。
経営情報が正しく知らされていない社員は、会社への信頼感を失い、
経営者の話より、社員同士の”コソコソ話”に影響されます。

そして、上司と部下の信頼関係はどうでしょう。
人は、信頼できる人からの情報によって行動しますが、
信頼されるリーダーとは、どのような人のことをいうのか?
幅広い知識、高い技能、行動力…など挙げだしたらキリがないけれど、
部下からの信頼を得るとは、もっと基本的なところに何かあるのではないか。

中国の処世哲学である『菜根譚』に次のような一節があります。
「人徳が一家の主人だとすれば、才能はその主人に使える使用人のようなものである。
才能が豊かでも、人徳が備わっていなければ、主人のいない家で使用人が好き勝手に
ふるまっているようなものだ。これでは家の中が混乱し、崩壊してしまう」

「人徳」とは、周りの人からの信頼を引き寄せる力のことであり、
「この人についていけば間違いない」と周りの人が感じる力。
そう、人はリーダーの才能についてくるのではなく、
リーダーの「徳」を信じてついてくるのです。

ところが、社長と幹部、上司と部下といった関係では、
現実問題として、もっとドロドロとした感情が渦巻いている。
取引先から人格者として慕われ、人徳があると言われる社長でも、
幹部の目には、わがままで、時には鬼のような人物に映っています。

ジャンケンポン を味方にする

中小企業の経営者も、いくつになってもやっぱり人の子。
経営能力を疑うような無理難題を、幹部社員に押し付けます。
「わがままなことを言うのは、社長…もう、いい加減にして欲しい!」
中小企業の幹部社員の多くは、口にこそしないが、こんな感情を抱いている。

しかし、ここからが真に優秀な幹部と、そうでない幹部の分かれ道。
最後の最後になって…「俺はやっぱりこの社長についていく!」
と、社長との関係がプッツンとなる寸前に踏みとどまるのです。
さあ、何が幹部の心をガラリと変えたのでしょうか?

ドイツの哲学者 ショーペンハウエルの名言。
~ すべての人は、他人の中に自分を映す鏡をもっている ~
優秀な幹部社員は「社長は俺のことを心の底から信じてくれている…」
と、いざという時に社長からの信頼感を心の中に映しとり、反射させるのです。

人は誰でも、長所と短所を持っている。
それは相手との関係で、長所が短所に、短所は長所に変わる。
わずかに見方を変えるだけで、まったく違う人物が映し出されるわけで、
優秀な幹部社員ほど、社長との関係をみごとに修復する能力に長けています。

人と人との関係は、ジャンケンポンのようなもの。
同じ”グー”でも勝ったり負けたり、”パー”に変えると相手も変わる。
ジャンケンポンの見方をすれば、敵であっても味方に変わる、というわけです。

人間は、人と人との間、生と死の間を生きている

それでは、社長が幹部を”心の底から信じている”とはどういうことか?
自分の未来でも信じられないのに、どうして他人の未来が信じられるでしょう。
そうです、他人のことが信じられないのは、自分のことを信じていないからなのです。

「彼のことをあれほど信じていたのに … 」
“のに…”が口から出てくると、グチも一緒に出ています。
これは相手を信じていたのではなく”当て”にしていた言葉です。

心の底から信じても、社員が成功するとは限りません。
いや、事業においては失敗する確率のほうが高いでしょう。
人を信じ、信じ切ってはいるけれど、決して見返りを求めない。
「徳」とは人を信じ切ることであり、信じ切る心が幹部の心に映るのです。

人は、人 と 人 との間を生きている。だから「人間」。
「徳」とは、自分一人の努力でなく、人と人との間で作り上げるもの。
「徳がある、徳がない」といった判断は、本人ではなく他人が行うのです。
~どんなものにも徳がある。どんな人にも良さがある。
これを「万象具徳」という。~ ( 二宮尊徳 )

戦前の教育には、二宮尊徳などを教える「徳育」があって、
徳のある人が町や村で尊敬され、地域のまとめ役になっていました。
ところが、戦争によって大切な「徳育」までも捨ててしまったのです。
徳のない教育は、拝金主義を助長し、感謝心の薄い人間を増やしてしまった。

ところが、日本には偉大なるDNAが残っていました。
東日本大震災の現場には、徳を具えた人がたくさんいたのです。
身近に徳を感じる人がいたら、どれほど人々の心が落ち着くか…。
目には見えない徳が、人をつくり、絆を深め、社会を築いていくのです。

そして人は… 生 と 死 の間を生きている。これも「人間」。
震災で苦しむ人を思うと、何てちっぽけなことで悩んでいたのかと思う。
見方を変えたその瞬間、私達が抱える悩みは、すう~と虚空の中に消えていく。
せっかくいただいたこの命、ひとりの人間として力の限りに生きていきたい。

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