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株式会社新経営サービス

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バイマンスリーワーズBimonthly Words

無我に生きる

2016年01月

新年あけましておめでとうございます。
本年もバイマンスリーワーズ、そして新経営サービスをよろしくお願いします。

私たちは今、歴史的な危機に直面しているように思えてなりません。
まずは1000兆円を超える返済不能な借金を抱える国家財政の危機。
政府は賃上げや設備投資など、財界に対して強気の誘導をしていますが、
これは憲法改正に向けた点数稼ぎで、経済を強くする本質的な政策ではない。

人口減少が明白な国家における無理な景気浮揚策は、
いずれは”二階に上がってハシゴを外される”ことになる。
今のままだと超インフレと預金封鎖によって国の借金は棒引きにされ、
多くの国民が財産を失うことになるが、あなたは会社の資産を守れるか…。

人工知能を備えたロボットによる危機もあります。
私たちはモノを作り、運び、売るという仕事をしてきましたが、
今後は多くの人がロボットに仕事を奪われ、人類の危機になる可能性もある。
そうなった時、あなたの会社の商品に価値はあるのか、存続することができるのか…。

最も深刻な危機が経営者の思想です。
杭打ち工事のデータ改ざん、不正会計処理など、
日本を代表する企業経営者が、しゃあしゃあと嘘をつく。
一流大学の教育を受けた人物がなんて卑怯なことをするのか…。

戦後、奇跡の復興を成し遂げ、絶大なる信頼を得た日本企業。
このままでは日本製品への世界からの信頼は過去のものとなってしまう。
現在の信頼の源を辿ると、松下幸之助、出光佐三、立石一真、土光敏夫など、
儒教や仏教などの教育を受け、しっかりとした人格をもった経営者に行き着きます。

武士道の正体は何か

江戸の末期、幕府と新政府軍による一触即発の危機寸前で、
江戸城を無血で開城させた、勝海舟と西郷隆盛の歴史的な会談。
それに先立ち、西郷隆盛と直談判し、忠義を貫いた一人の男がいた。
剣・禅・書の達人で、政治家、思想家として活躍した、山岡鉄舟 です。

将軍 慶喜は勝海舟に全権を委ね、上野の寛永寺にて謹慎。
勝の命を受けた鉄舟は、西郷の官軍が駐留する駿府に一人で向かう。
西郷と面会した鉄舟は、将軍の意向を述べ、朝廷に取りはからうよう頼むが、
西郷の条件は次のような厳しいものだった。

一、江戸城を明け渡す。
一、城中の兵を向島に移す。
一、兵器をすべて差し出す。
一、軍艦をすべて引き渡す。
一、将軍慶喜は備前藩にあずける。

この最後の条件を鉄舟は拒(こば)んだが、西郷は「これは朝廷の命令である」と主張。
鉄舟は、「もし西郷が島津の殿様を他藩に預けろと言われたら承知するか」と詰問(きつもん)。
江戸に住む百万人の民と、主君の命を守るため、死を覚悟して一人敵陣の中に乗り込み、
命がけで主君への忠義を貫いた鉄舟の純粋な心に感動し、西郷は将軍慶喜の安全を保証した。

国勢を二分する重大な局面で、武士道精神を発揮した山岡鉄舟。
じつは『武士道』という言葉を著したのが鉄舟で、後にこう述懐しています。
「神道にあらず 儒道にあらず 仏道にあらず、神・儒・仏 三道融和の道念にして、
中古以降 もっぱら武門においてその著しきを見る。鉄太郎(鉄舟)これを名付けて武士道という」

鉄舟は、神道でもなく、儒教でもなく、仏教でもない、
それぞれが融和したものが武士道だという。
さあ、その正体はいったい何なのか?

流れに沿うが 流されない

武士道のいう儒教、仏教、神道を一言でいうと、
儒教が「もったいない」、仏教は「ありがたい」、
そして、神道は「バチがあたる」となります。
ならばこの三つを意識するとブレない経営判断ができるのか。

~ 流れに沿うが 流されない ~
討幕の流れは受け留めたが、そこには鉄舟なりの武士道精神があった。
企業の経営も、流れには沿うが、流されない判断ができるようになりたい。
『武士道』があるように、経営にも『経営道』があってもいいのではないかと…。

長く経営をやっていると、誰のために経営しているのか…と迷う。
株主のため?経営者のため?従業員のため?皆大切だがいずれでもない。
事業が軌道に乗らないと、何のために事業を起こしたのか…、とも思い悩む。
顧客のため? 自社のため? それとも社会貢献? いや、どれもピタッとこない。

事業に行き詰まると、”なんとか成功させたい!”と強く思う。
しかし、その裏には”オレが オレが”に執着している「自我」がいる。
人間関係に疲れ、”白い目で見られている”と妄想にかられる「自我」もいる。
そして…絡みついた執着や妄想を捨て去ったその先に「無我」の自分が立っている。

西郷は鉄舟の人間性について、こう賞賛しています。
「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、
そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」…そうか…、
もったいない、ありがたい、バチがあたる、の融和とは「無我」のことだったのか…。

“色の三原色”は、「青」「赤」「黄」で、すべてを混ぜると黒になります。
ところが、パソコンなどのカラーディスプレイで使う”光の三原色”は、
「青」「赤」「緑」で、すべてが混ざると…なんと「白」になります。
光の三原色は全部を混ぜると、色がなくなってしまうのです。

小賢しい経営判断は いらない

無我とは、自己の否定ではありません。
汚れた布を洗濯すると、汚れ(自我)が落ちて、
布(自己)はきれいな元の姿を残しているのと同じです。
人間関係に疲れ、心に絡みついた自我は捨ててしまうのがいい。

どんな立派な経歴も、どんなに名誉な肩書きも、
それにとらわれると自我になり、汚(けが)れていくのが残念です。
すべての自我は脱ぎ捨てて、どのような人格を積み上げていくのか…。
何も持たずに生まれた私たち、これからも一瞬一瞬を”無我に生きる”私でいよう。

戦後の復興を遂げ、絶大な信頼を勝ち得た日本企業。
先人が築き上げた信頼は、私たちに引き継がれています。
科学万能、効率重視の時代を過ごした現代の経営者たちは、
経済優先の思想が主流ですが、ここにきて綻びが生じています。

データの改ざん、不正会計をするギリギリの瞬間に、
“バチが当たる”を感じたら水際で止まっていたでしょう。
目先の業績や面子にとらわれた、小賢しい経営判断ではなく、
もったいない、ありがたい、バチがあたる、の実践で充分ではないか。

山岡鉄舟は書家として、また新政府の政治家としても有名ですが、
後年には酒豪であった明治天皇の侍従として仕えたマルチ人間でした。
酒量ぐらいは鉄舟に近づけるかと思いきや、毎日が一升酒であったという。
無我の境地の達人が、大酒飲みの達人でもあったところにホッとするところです。

頻発するテロによって、世界は戦いの渦に巻き込まれました。
そんな世界情勢において、好戦国アメリカに追随する日本の指導者。
剣の達人ながら生涯に人を斬らなかった鉄舟は、平和を愛する人でした。
鉄舟が生きていたら、対立する勢力の融和に向けて命をかけたことでしょう。

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