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バイマンスリーワーズBimonthly Words

デフレ下の決断

1993年09月

デフレの波が押し寄せています。60数年ぶりの現象です。60年を超えるということは、現在の日本のリーダーは誰も経験していないことになります。

デフレこの言葉について私達は理論的にはわかっています。しかし、経験がないために実感が湧いてきません。私達が企業をリードする役割を担ってからはインフレの経験しかないのです。毎年GNPが上昇する。売上とは上げるもの。物価も年々上がっていく。それにつれて給料も毎年上げる。ベア(ベースアップ)という言葉は当たり前ととらえ、毎年の春闘ではいくら上がるかが争点でした。

ところが今回のバブルを折り返し点に、日本経済はこれまでとは全く逆の現象となりました。土地は急落、それにつられるようにあらゆる製品の価格が下落しています。1着 2,500円のスーツ、パソコンや家電製品の投げ売り、ディスカウントストアの台頭‥‥。そこに円高と各種の規制緩和政策が拍車をかけ、激安航空運賃、酒類等輸入品の安売りなど、あらゆる市場が混乱しています。ダイエーの中内功社長はこの事態をみて、とうとう50%ダウンという驚異的な値下げ方針を打ち出しました。一方、デフレ環境に対応できない百貨店は、どこも創業以来の苦戦を強いられています。

 

今回の不況がこれまでとは根本的に違うといわれるのはここにあります。デフレなのです。ですから在庫調整が済んでも、公定歩合を引き下げてもそれが景気回復に向かう要因にはならないのです。ですから企業のリーダーは、まずデフレ環境になじむことを考えねばなりません。ディスカウントストアは今では安い店ではありません。デフレストアなのです。花王ではディスカウントストアを裏ルートと考えず、正規の販路として位置づけ、共同で販売の強化に出る方針を打ち出しているくらいです。私達にはすみやかなデフレ環境への対応が求められているのです。

日本経済全体が縮小することは、各企業の売上高が縮小することを意味しています。この点で大打撃を受け、未だ固定費削減対応に苦心しているのが大企業。反面、多くの中小企業では経費の削減について俊敏な意思決定で、当面の対応はできています。ところがデフレが深耕し、不況が長期化することを前提に考えれば、中小企業の経営者はあと2つの課題をクリアしなければなりません。

1つは、前号でご紹介した「不況脱出法」にあるように、不況化での成功戦略を持ち、その態勢を整えることにあります。もう1つは人件費問題です。中小企業の本質的な弱点は人材にあり、この点の意思決定を間違ったとき、命取りになるのです。大企業では人員削減政策がますます活発化し、来春の春闘ではベア(ベースアップ)はおろかデフレと所得税減税導入論を理由に、ベダ(ベースダウン)という言葉さえ論議される可能性があります。

いかがでしょう。あなたの企業でベースダウンという方針が打ち出せるでしょうか。社員全員が意欲を喪失するかもしれません。退職者が続々と出るでしょう。元来人材不足の中小企業で、大企業と同じ考え方の政策はとれないのです。限られた人材の意欲高揚を第一に考えねばなりません。しかし、成果に結びつかない総人件費の上昇は避けなければならない、という二律背反性を持った局面に私達は立たされているのです。

終身雇用制度、年功序列型賃金制度という日本特有の人事制度は、世界最強の企業群を作る原動力となりました。しかし、これらの制度は、これまでがインフレ環境ゆえに有効であった訳で、デフレ下では全くお荷物な制度と言わざるを得ません。これからは、デフレ環境でもインフレ環境でも対応できる全天候型の賃金制度が必要となります。

全天候型の賃金制度として最も妥当な方法として、階層別の賃金体系があげられます。

若手社員層に対しては、基礎的な能力や人間形成のために刺激的な賃金体系とせず、旧来のような安定したものにします。中堅社員層には、能力、業績に個人差が顕れ始めます。ここで、充分に練られた評価制度のもとに賃金に個人差をつけるのです。この方法こそ公平であり、納得性が高いといえます。実力のある幹部社員には、業績を中心に決定します。希望があれば年俸制もいいでしょう。

階層別の賃金制度は、企業の業績に応じて人件費をコントロールできる要素をもちながら、人を大切にする考え方をベースにおいています。来春にはこの制度が導入できるように準備をすすめるべきでしょう。

経費の削減には限界があります。よって、人件費にメスが入り出します。ここで安易に人員削減に出たり、退職者が出て内心喜んでいるのはいかがなものでしょうか。大企業には削減しても再生する力があります。中小企業では人員削減を考えるよりは人材育成を狙った制度の改善から着手すべきでしょう。なぜなら、制度とは経営者の考え方をダイレクトに表したものであり、今こそ経営者が考え方を変えなければならない試練の時だからなのです。

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