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バイマンスリーワーズBimonthly Words

実を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

1998年05月

ようやく動き出した巨大企業

「ホンダはトヨタに勝てる。21世紀に世界の小型車のリーダーになる」自動車ボディーを完全にアルミ素材にして量産する技術を開発し、99年の春にも導入することを決定した本田技研工業の川本信彦社長が周囲にこう漏らしたのはこの3月末のことだそうです。過去90年間、自動車メーカーはフォードが開発したプレス→溶接→塗装→組立てという四工程からなる生産方式を踏襲してきました。ところが98年の3月期に二期連続で最高利益を更新した成功体験に溺れることなく、世界の自動車メーカーが実用化したことのない全く新しい生産方式を導入しようとしているのが今のホンダの姿です。

その新しい方式とは特殊な型にアルミを注入し、型を左右に割って外すとボディーの骨格が出来上がります。プレスと溶接が省ける上にアルミによる強度不足をあらかじめ着色しておいたセラミックを張り付けることによって補うので塗装の必要もなくなるのです。この生産方式だと通常1千億円はかかるといわれる自動車製造工場が100億円で出来るようになり、車両価格も「従来の3分の2から半分にまで下げられる」というのがホンダ首脳陣の見解です。

一方のトヨタはホンダとはまったく正反対の新しい方向に戦略の舵を取ります。部長以上に配布した社外秘の「2005年経営ビジョン」の中で、英文名であるトヨタ・モーター・コーポレーションから「モーター」の表記が外してあったのです。つまり、トヨタの経営陣が選択したこれからの事業分野は単なる自動車メーカーではなく自動車にマルチメディアを絡めた「総合交通産業」であるとしたのです。その目玉は1兆円もの資金を通信事業につぎ込み、高度道路交通システムを構築することです。

全く新しい発想による生産方式を開発したホンダが「小型車メーカー」として事業分野をタテに深く掘り下げていくことに対し、自動車以外の関連技術の開発に力を入れて交通システムを全面的に押さえるヨコの勝負に持ち込もうというのが資金力で上回るトヨタの戦略。どちらも自社の強みを生かし、時局をにらんだ見事な選択と言えるでしょう。

あらゆる企業が第二の創業期を迎えている

CVCCエンジンの開発により世界でいち早く排出ガス規制をクリアしたホンダの革新も見事でしたが、今回の革新は産業界の新陳代謝を一挙に進めます。

アルミボディーの生産方式が主流になると鉄鋼や金型のメーカーは大きな打撃を受けることになります。ボャーとしていると関連する中小企業はひとたまりもありません。一方で、アルミやセラミック関連の産業は活況を呈し、一兆円もの資金をつぎ込むトヨタの新戦略によって情報産業を中心としたこれまでにはなかった新たな市場も誕生するでしょう。

いずれにせよバブル崩壊後、リストラを進めることで精一杯だった巨大企業が新たな活路を求めてその巨体を新たな方向に動かし始めたことは事実であり、自動車産業のこのような動きは日本経済の再生に向けて大きな一歩を踏み出すことになります。

それでは変革の声が聞こえてこない日産や三菱といったその他の巨大メーカーに生き残りの戦略は残されているのでしょうか。自動車メーカーに限らず、その他多くの巨大企業はこれまでの延長のやり方でやっていけるのでしょうか。

外資系企業の攻撃と金融システムの変革で揺れているだけでなく製造業の革新が大幅に進むことが明らかになった今、単純なリストラ策だけで企業が生き延びることはできなくなりました。ここで変革できない企業はそれがたとえ巨大企業であっても存続は不可能になります。それは企業存続の条件が規模の大きさではなく、環境適応能力にあるからです。

建設、自動車、家電、繊維、医療、そしてそれらの産業に関連する流通、各種サービス業などいずれの業界においても今は大変革期にあるのです。経済が各々単独で存在するものでなく、さまざまな関わり合いによって存在している以上、これは当然の結果です。

このように考えていくとすべての企業が第二、第三の創業期に置かれているといっていいでしょう。もちろん、今後も顧客から支持されるであろう技術力やノウハウは形を変えてでも残していくべきです。しかし、過去の栄光は感謝すべき対象であって将来に向けての楯にするものではありません。

まずトップの意思決定パターンを変革させる

人間は慣れた環境に浸ってしまうとその環境が変わってしまうことに怖れを抱きます。慣れた仕事、慣れ親しんだ仲間といることで心が安まるものです。いつの時もあたたかい家庭が必要なのはそのためです。しかしそれだけでは進歩がありません。適度なストレスを感じるような変化する環境がその外にあるからこそ、心安まる場所の価値があるのです。変化があるから安心の価値があり、安心があるから変化に立ち向かえるのです。

企業は人間の肉体と違って環境に応じて変身し、次世代の人々へのバトンタッチを繰り返していくことで永続できます。ですから企業が行なっている事業はいつの時も仮の姿なのです。企業が社員に経済的な安定を提供することはもちろんですが、事業という仮の舞台を通じてそこで働く人々が生きがいを感じ、人間性を高める鍛練を繰り返すことで社会的貢献を果たしていることに企業の真の価値があります。これこそ日本的経営、特に中小企業経営の味わいではないでしょうか。

変革することで会社は潰れません。変革する動機が善であり、目標とする姿がはっきりしておれば変革することで企業は存続します。また変革の過程で社員は生きがいを感じ、人間性を高めていくものです。会社が潰れるのは変革しないからなのです。

今ここで問題なのは、環境の変化に対して俊敏に対応できるはずなのに、過去の成功が忘れられないのか、変革を怖れているのか、未だに旧態依然たる運営で右往左往している中小企業の存在です。

人が寝る時は足からで頭は最後、起きる時は頭をまず起こします。

中小企業が変革していくためにはまずトップの「何としても変革を実現するんだ!」という断固たる決意からスタートしましょう。会社を変革させるにはまずトップ自らが変わらなければなりませんし、変革することを怖れてはなりません。

日本人の多くがFFS理論(ファイブファクターズ&ストレス理論)でいうところの強い保全性因子を持っているために環境が変化することに強い拒否反応を示します。ところがいったん変わってしまえば見事にその新しい環境に順応できるのも保全性タイプの特長なのです。

直面する変革の壁は高く感じるかもしれませんが、今からでも遅くはありません。自信を持って変革する決意をしていただきたいと思います。

変わるためには過去を捨てる

変われ、変われ!と口で言ってもなかなか変わることができないのがこの世の常。トップが変革することを腹決めしても、中間管理職が充分に変革しなければ会社は変わりません。これが大きな壁になるでしょう。管理職者がこれまで身につけたさまざまな考え方や習慣を捨てきることがなかなかできないからです。築いてきた地位や肩書きがなくなるのではないか、責任が重くなるのでは、仕事がなくなり収入が減ってしまうのではないか、など変革することによってこれまで管理職者として蓄積してきた何かを失うことが怖いのです。

諸国を遍歴した空也念仏の祖、空也上人がこのようなうたを残しています。

「山川の末に流るるの 実を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

これまでに蓄積してきた有形無形の財産を守ろうとしたり、何かにこだわりを抱いているとそれがこころの奥底に重しとなって浮かぶことができない。為すべきことを為した後は、欲やこだわりを一切捨て直面するこの流れに身を任そうではないか。そう考えれば心の中が空っぽになり激しく揺れる波の瀬でも浮かぶことができる。否、浮かばせていただけるのだ。といった意味のことでしょうか。

会社が変わるには、トップをはじめとする人々が力を結集し、持てる力を最大限に発揮しなければなりません。そのために過去を捨て、肩書きを捨てて、「徒手空拳」の姿勢で立ち向かっていきましょう。徒手空拳とは武器を捨てて素手で戦うことで、本来持っている自分の力以外には何も頼るものがないことを意味します。実力以上の結果が出てしまうとその後の経営はいびつでおかしなものになります。スキャンダルの絶えない金融業界のように接待攻勢や裏取引で維持する経営は実力外のことで長続きしません。

我々中小企業はこの激動の時を乗り切るためにこだわりを捨て、過去をも捨てて正攻法で戦って行こうではありませんか。そして変革の扉を開くのはあなたです。

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