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株式会社新経営サービス

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バイマンスリーワーズBimonthly Words

無財の七施

1999年11月

来年4月から始まる介護保険の導入のあり方が政治や経済の上で問題になっています。高齢者の最大の関心は老後の安定した生活であり、一方では保険金の負担で消費に影響が出て、また景気の失速にならないかと懸念されるわけです。どちらも重要な問題で介護保険とは二律背反の性格を持っているだけに今後も何かと論議を呼ぶでしょう。有権者にとって大きな関心となっている介護保険問題を選挙対策に利用するのは本質的な問題から遠ざかっていくようでどうも納得がいきません。

いずれにせよ老人介護問題というのは保険だけで根本解決はできません。近代的な設備の整った特殊老人ホームで介護を受けることで、当人に喜んでもらえればいいのですが、かえって味気無さを感じて、不便でも慣れた自宅で家族と共に生活をしたいという人も出てくるのではないでしょうか。そうなると介護をする家族の精神的、経済的負担も大変なものになるという元の問題に戻ります。

人間は、新しい技術によって生まれた価値やサービスを受けてより幸せになりたいという願望を持っています。老人介護問題を新たなビジネスチャンスと捉え、新しい事業に進出する企業も増えてきました。このことが新たな雇用を創出し、景気回復の基盤になればいいのですがいい加減な取り組みでは長続きしません。ビジネスになるからといって供給側の勝手な論理で事を進めるとその先には大きなしっぺ返しが待っています。

日本の医療サービスがその顕著な例です。設備や機器は高度化するが、その負担コストはウナギ登り。結果、病院経営維持のために医療費負担は年々膨れ上がり、一部の保険医療機関による不正請求は後を絶たず、患者は薬漬けによる副作用で苦しみ、患者も家族もつらい思いの延命治療があたり前のように施されていく。医療技術の発展は人類にとって大いなる善とそれに伴う悪の両面をもたらしたのです。

技術の発展がもたらした問題は医療分野に限ったことではありません。便利で大量に生産してきた使い捨て容器や塩ビ用品などの産業廃棄物の後始末はいったいどうするのか?食品添加物は人々の身体を冒し続けているのに何ら対策は打てていない。企業は高度な技術による製品や便利なサービスを大量に提供し、消費者は何のためらいもなく、時にはむさぼるようにそれらを享受してきました。一見、大いなる富を得たように見えますが、果たして人々はこれで幸せなのでしょうか。モノはあるけれども何か人々の心の中には満たされないものを多く残しているように思えてなりません。

経済的な顧客満足活動には限界がある

私は今回「赤字会社に絶対しない三次元経営」という本の中で変動費を徹底的に削減することの重要性を説き、その具体的な手法を紹介しました。企業が存続するためには収入と支出のバランスを保つことが不可欠ですが、支出のうちで最も大きな比重を占める変動費を抑制することは当然のことであり、何よりもデフレ環境に対する最良の適応行為だと思うからです。

ところが、費用を抑えていくと相手先の売上が下がるわけで、その結果、経済全体が縮小し、かえって景気の後退を助長するではないか。だからこの発想は自社のことだけを考えた身勝手な発想ではないかというご指摘をいただきました。

これはもっともなことで費用の削減はたしかに取引先の業績を悪化させます。

しかし、このまま費用の大幅な削減に取り組まなければ存続そのものが危うくなり、取引先に対する売上げ低下以上に多大な被害を与える可能性のある中小企業が余りにも多いのです。まずはローコストな企業運営を確立し、日本中の中小企業がいったんデフレ環境に馴染まなければなりません。でなければ消滅するか、利益捻出のための首切りが日常茶飯事に行なわれるような経営が横行してしまうでしょう。こんな経営は余りにもモラルに欠けます。

ローコストな企業運営を訴える一方で、私は顧客満足活動の重要性を唱えています。

これまでコストをかけてきた顧客への粗品や景品、夜やゴルフの接待など、これまで企業の差別化の一環としてきたお客様サービスはどうするのか。お客様への満足活動はこれまで以上に良質なものにしなければなりません。しかし、一方では企業存続のためにコスト削減を進めなければならないのです。一見、矛盾するような話です。これ以上コスト削減を進めたらお客様サービスができなくなるではないか、という批判の声も上がってきます。

この問題は、介護は必要だが予算取りが難しいという二律背反する介護保険問題と似たような性格を帯びています。

いつでも誰でも実行できる無財の七施

仏法の教えに「無財の七施」というのがあります。財産がなくてお布施ができなくても、いつでも誰でも実行できるお布施のことで、自らの心に巣食う「とらわれ」や「むさぼり」の毒を捨て去るための修業だそうです。

眼施(がんせ) 慈眼施ともいい、悲しみに満ちた優しいまなざしで、すべてに接することをいう。温かい心は、自らの目を通して相手に伝わる。

和顔施(わげんせ) 和願悦施ともいい、いつもなごやかで穏やかな顔つきで人や物に接する行為をいう。

言辞施(ごんじせ) 愛語施ともいい、優しい言葉、思いやりのある態度で言葉を交わす行いをいう。

身施(しんせ) 捨身施ともいい、自分の身体で奉仕をすること。身体で示すことで自ら進んで他のために尽くす気持ちが大切。

心施(しんせ)  心慮施ともいい、他のために心をくばり、心底から共に喜び共に悲しむことができ、他の痛みや苦しみを自らのものとして感じ取れる気持ち。

牀座施(しょうざせ) たとえば自分が疲れていても電車の中で喜んで席を譲る行為のこと。競争相手にさえも自分の地位を譲って悔いなく過ごせることの意味もある。

房舎施(ぼうしゃせ) 雨や雨露をしのぐ所を与えること。自分が半身濡れながらも、相手に雨がかからないように傘を差しかける思いやりの行為などをいう。

一般にいうお布施とは「財施」といって、むさぼる心・惜しむ心・恩に着せる心から離れ、見返りを求めずして衣食や財産などの物資を他に与えることをいうのですが、この財施をするお金がない人でも、この「無財の七施」という形でお布施はできるといいます。仏陀は、

「財なき人よ、自らに財なしといって布施を怠ってはならぬ。身体ある以上は、人の善事をなすのに助けをなせば我が身もまた施主たるぞ。もし、自分に施す物がなければ、他人の施すを見て随喜の心を起こせよ」

と説いています。

ここ近年、日本の企業はあくまで競合他社との差別化をいかにして図るか、そのためにどのような付加サービスをするかという発想が主流でした。競争心からくるものですからそこにかかるコストはどんどんエスカレートし、今では大きな壁にぶち当っているのです。この発想は本当にお客様のことを考えての行為だったのか、自社の勝手な行為であったのでは、という反省が残ります。

バブル期は飽食の時代とも呼ばれ、日本人の食に対する果てしない欲求はとどまるところを知らず贅沢を極めました。最高級の食事が並ぶホテルの宴会では残り物が溢れ、それを当てにしたホームレスの人が糖尿病で困っているという、笑うに笑えない実話がありました。大阪では金箔の入ったラーメンが一杯1万円というのまで登場しましたがあれはいったい何だったのか…。

日本人はどれだけ美食をしても最後は味噌汁と煮っころがしのようなおふくろの味に戻ります。おふくろの味とはどれだけ経済的に苦しくても子供の食事を優先させ、栄養や塩加減を考え、やさしいまなざしを受けて食する、いわば「無財の七施」が料理全体に充満しているから美味しいのです。

これからは本物のサービスが施せるかが問われる

モノが溢れてしまった今、あらゆる企業がサービス業であるとの自覚が必要ではないでしょうか。

料理・飲食業や運輸・物流といったサービス業はもちろん、小売業・卸売業なども元々がサービス業です。これからのサービス業はほんものしか生き残れません。そこには単なるサービス提供業ではなく、お客様にこころの満足を提供する「こころのサービス業」という認識が必要です。

病院の看護婦さんにもいろんな人がいますが、その多くは心身の痛みを感じ、優しいまなざしで患者に接し、勇気づけの言葉をかけてくれます。いわゆる、看護婦さんの無財の七施を受けることで患者は元気になるのです。老人介護サービス員の役割も同じでしょう。もちろん医師の処置がなければ病気は治りませんが、日頃の思いやりの言葉が何よりも治療になるといます。あらゆる企業人が思いやりのある看護婦さんのようなこころでお客様と接することが大切です。これがこころのサービスです。

当然、メーカーも作られたモノを通じて「こころのサービス」を提供するという思想がその製作の根本になければなりません。たとえば高度経済成長時に、やれ建てろ、売ってこい!で儲けてきた住宅メーカーもこれからは心のやすらぎと身体に優しい住まいを提供するという「思いやりのこころ」が根本思想として要るのです。

21世紀はコンピューターやロボットがより進歩する一方で、こころをより大切にする時代に入っていくでしょう。ビジネスの世界でも「お布施のこころ」が重要になると思われます。お布施とは施しをする側がその値打ちを決定するものではありません。受けた側がそれに対して値打ちを決めるわけです。ですからお客様がどれだけ心の満足を感じたか?が、企業の存在価値を決定することになるのではないでしょうか。

宗教臭い話だとして敬遠することなく、その効果性を信じ、素直な心から「無財の七施」を実行する社員が一人でも二人でも出てくれば組織は確実に強くなります。そしてお客様の心の中にはその施しに対する感動が残り、あなたの会社を底辺から支えてくれるでしょう。

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