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バイマンスリーワーズBimonthly Words

くちびる寒し 秋の風

2007年11月

のんびりとテレビを観ている間にロボットがお料理をして、掃除や洗濯まで勝手にしてくれる…。
子供の頃に読んだSF小説の世界が今、現実のものになっています。
スイッチを押すと、水や洗剤の量を自分で考えて動き出し、洗濯物がからまないように洗って脱水し、
乾燥までやってのける今の洗濯機は、まさに「洗濯ロボット」。

家電製品の売り場に行けば、部屋のゴミを探して自分で動く掃除ロボット、
手に料理ができあがる炊飯器やレンジなど、優秀なロボットがズラリと並んでいます。
自動車はカーナビを始めとするハイテクの宝庫で、難しい車庫入れのハンドル操作までOK。
「運転するもの」であった車は、最近では「連れてくれるロボット」という感じさえします。
駅には自動券売機に自動改札、銀行の窓口業務などこれらの仕事はすべて人間がやっていました。

じゃあ、ロボットのおかげで空いた時間に人間はいったい何をするのか?

芸術? スポーツ? ボランティア?
ところが…これがまたコンピューターゲーム!という始末。ええい、ならば犬か猫でもいいから、
生きたものを飼って機械から離れたらどうか、と思ったらなんとペットまでがロボット!

よく考えると、日本に住んでいる私達は、子供から大人まで知らず知らずのうちにロボットによって
コントロールされているようです。

それは、マンガの神様・手塚治虫が『火の鳥』で表現した世界そのままです。 コンピューターや人工知能が
なかった時代(それはつい数十年前のことですが…)、人間が何らかの行動を起こすには、
必ず”人”を介さなければなりませんでした。

ところが、ロボットや機械のおかげで、たいていのことができてしまう現代社会。
この変化は、人間がコンピューターやロボットに支配され、それが使いこなせない人は孤立していくという
問題を引き起こしています。

そして、人間が人間とうまくやっていけないという残念な現象までも生み出しているのです。

コミュニケーションは血液である

人が人間関係に悩むのは、人類が誕生したその時から抱えている課題といえるでしょう。
ところが近年のそれは深刻で、職場の人間関係が「うつ」を招き、それが時には自殺にまで…。
ビジネスマンの多くは、「部下が思うように動いてくれない」「上司が自分の意見に耳を傾けてくれない」
といった悩みを抱えています。

そこで私達は、周囲の人達と生きていく上での前提条件を再認識しておきましょう。
それは “人間とは自分の思い通りには動かない動物である”ということです。
プログラム通りに動くコンピューターやロボットとの付き合いが深くなったからでしょうか、
人間も思い通りに動くもの、という錯覚をしているようです。

命ある生き物は、たとえば川の魚を追いかけてもどこに逃げるか分からず、ハエ一匹捕まえる
のも容易ではありません。

まして万物の霊長である人間、どのように考え、どんな行動をするか、一人ひとり違います。
そんな”思い通りには動かない人間”のことを”思うように動いて欲しい”と考えるから、
行き違いを起こし、ギクシャクした関係になるのです。

では、何もしないで放っておけばいいのか?
そうではなくて、ここで企業人のすべてが取り組む最重要な課題にぶつかります。
それは、”思い通りには動かない”からこそ”充分にコミュニケーションを図る”ということです。
元々違う考えをもった人間同士が、コミュニケーションを図って情報交換をし、報告・連絡・
相談を繰り返しながら行動することで、組織全体のレベルが上がるのです。

コミュニケーションの役割を人間の身体でたとえるなら、間違いなく血液だといえるでしょう。
血液はそれ自体に器官のような運動機能はありませんが、血液の中に酸素や栄養をいっぱい
積み込み、心臓から休むことなく身体全体の器官に送り続けています。

もし、少しでも血液が行き渡らなければその器官は機能不全になり、出血多量は死に至る。
組織におけるコミュニケーションの中身には、重要情報の他に、喜びや悲しみの感情、重要さの
程度、色合いや風合いなど、人間にしか理解できない内容がたくさん込められているのです。

人の欠点を言うと後味が悪くなる

芭蕉の句を一つ。

      もの言えば くちびる寒し 秋の風

この句は一般に「余計なことを言うと災いを招くので黙っているにかぎる」といった意味に使われ、
小泉純一郎体制では「首相を批判すると災いが自分に及ぶので何も言わないに限る。
くわばら、くわばら」という意味で議員に使われていたそうです。

しかし、本当の意味はもう少し深いところにあって、この句には、芭蕉の座右の銘が添えてあります。

       人の短をいふことなかれ、己が長をとくことなかれ

この言葉に続けて”もの言えば…”と詠んだわけですから全体の意味としては、「人の欠点を言うと
後味が悪く、自慢をした後は淋しい気持ちがする」となるでしょう。

コンピューターも機械もない時代でしたが、芭蕉も人間関係には苦しんでいたのでしょうか…。
誰でも自分の欠点を指摘されると気分が悪く、自慢をされるのは面白くありません。
ですからこの言葉は、平穏な人間関係を保つための実践的な教えといえるでしょう。

ところが、小生にはどうも引っかかることがあります。
この教えは、他部門との連携や、ご近所とのお付き合いなど左右の関係にある人との
コミュニケーションづくりには効果を発揮するでしょうが、上下の関係ではピタッと来ないのです。

上司・部下の関係、特に技術やノウハウを教える師弟関係、スポーツの選手と指導者といった
タテの関係において、相手の欠点を指摘しないで指導できるでしょうか?
もちろん長所を発見し、それを伸ばすことが指導の基本ですが、成長の邪魔をしている短所があれば、
何らかの方法で指摘し、改善させる必要があるのではないでしょうか。

長年にわたって納税者番付に名を連ねる「銀座まるかん」の斎藤一人(ひとり)さんのお話です。
中学生の頃の斎藤さんは、ろくに学校にも行かず、成績も振るわない子供だったそうです。
普通の親なら、「大人になったら困るので、今は勉強しなさい!」と、厳しく叱るでしょう。

ところがその時に、斎藤さんの母親が言った意外な言葉が忘れられないといいます。
「お前は学校向きの人間じゃないよ。社会人向きだよ。だから社会に出たらきっと成功するよ。」
この言葉に励まされた斎藤さん、それからの人生はご存知の方も多いでしょう、

「ツイてる、ツイてる」を合言葉に、大事業家として成功されました。

上下の関係は愛情 左右の関係は信頼

「勉強しなさい!」と親が言った後には、「これはお前のために言っているんだよ」と続くでしょう。
ところが、この言いまわしで納得する子供はいません。
なぜなら”お前のため…”と言っているのは、じつはウソなのです。
“大人になったら困るから…”というのは、世間に対して恥ずかしく親自身が困る、
という意味であって、親のエゴを子供に押し付けているだけ。

“お前のため”は、じつは”親のため”であるという深い動機を子供は敏感に感じとっています。
本当の愛情は、「自分の思い通りにしたい」という欲望を捨てた時に、初めて生まれてきます。
その後の斎藤さんの人生は、「お袋なら、こんな時どう言うだろう」「この人には、どう言えば
成長するだろうか」と、そんなことばかりを考えて人に接してきたといいます。

つまり斎藤さんは中学生の頃に、人の指導の仕方を母親から自然に教えられていたのです。
親と子、上司と部下のような上下関係の指導には、与えて報いを求めない「愛情」が不可欠です。

部下に対しても、「何の見返りも求めない」という心境で指導をすれば、それが相手の欠点であっても
あなたの指導はすべて受け入れてくれるでしょう。

欠点を指摘すれば、「すねるのではないか…」「嫌われるのではないか」という心配は、あなた自身
の心配であって、部下への愛情ではありません。

そして、職場の他部門など左右の関係では、「信頼」を前提としたコミュニケーションに重点を置きましょう。
ここでいう信頼とは”信じて、頼らず”の思想に基づくものであり、お互いが欠点を指摘し、批判をする
“くちびる寒し…”のような関係であってなりません。

人間を介さない仕事を続けていると、社員のコミュニケーション力が弱くなり、冷やかな職場になりがちです。
現代人は機械化による身体の運動不足を解消するために、ジムやスポーツを考え出しましたが、これからは
ロボットの進展から起こる「こころの運動不足」を解消しましょう。

こころの運動は一人ではできません。また、気の合う人とのコミュニケーションだけで精神は鍛えられません。
自分とは好みや価値観が違う人とも接触することで心が動き、磨かれるのです。

身体もこころも”温めること”が、健康にいい効果があると聞きました。 あなたがこころの運動を続けていけば、
きっと熱いものが組織全体を暖めてくれることでしょう。

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