Now Loading

株式会社新経営サービス

Books
出版物

バイマンスリーワーズBimonthly Words

タテ糸を通せ!

2008年09月

巨大イベントの揺り戻しは、どれほどの規模になるのか?
大気汚染、テロ、四川省の大地震などの難題を乗り越えて行なわれた北京オリンピック。
これから停滞に向かうであろう中国経済と、すでに深刻な不況に入っている大国アメリカ。
揺れる大国に挟まれた日本経済はどうなっていくのでしょうか…。

原材料の一次インフレは、あらゆる製品やサービスの価格を押し上げて二次インフレを招き、
国の経済を底辺で支える建築土木業界は、コスト上昇と未解決の耐震強度問題でアップアップの状態。
このままでは、スタグフレーション(不景気だが物価が上昇する)に突入するのは必至。
異常気象とオリンピックで、暑くて熱い夏でしたが、経済面では一挙に冷やかになってきました。

私は1999年に「赤字会社に絶対しない三次元経営」を出版いたしましたが、
その主旨は、デフレに喘ぐ中小企業が、赤字を出さないための手法を紹介したものでした。
具体的には、経営成績が「掛け算」によって成り立っていることに着目し、
一次元を「タテ」、二次元を「ヨコ」とし、タテとヨコの掛け合わせで最大の効果を引き出す。
そして、三次元の「奥行き」の切り口で、タテとヨコでは解決できない問題の対処方法を導き出し、
収支のバランスを図るものです。

三次元経営では、「まず費用を抑える」ことを最優先にしています。
これを消極的な方法だと感じる方がいたら、それは大いなる勘違い。
ガッチリ儲ける経営者は、一円たりとも無駄使いをしない「もったいない精神」に溢れています。
もちろん儲けた利益は、未来への投資や社会貢献にドンと使う人であり、ケチなのではありません。

プロの商売人を育てる

一転してインフレになった現在でも、三次元経営の基本的な考え方は変わりません。
いや、インフレだからこそ、コストを抑えることが大切なのです。
原材料など売上げに比例する変動費は、ギリギリのレベルに抑制できていますか?
家賃や光熱費などの固定費は、ゼロベースも含めて最小限に抑えられているでしょうか?

変動費も固定費も、コストダウンの効果はそのまま経常利益に反映されます。
ですから、社員がコストダウン手法をマスターし、日々実践すれば確実に成果が出るのです。
ところが、不利な立場にある中小企業は、発言力が弱く、
交渉力も鍛えられていないため、じわじわとコスト上昇しているのです。

何より問題なのは、社員の利益意識が薄いために、無駄な仕入れや経費ロスを発生させ、
購買先との交渉以前で見えない損失を出していることです。
企業人とは、専門の業務を遂行するプロであると同時に、利益意識の強いプロの商売人であるはず。
経営者の仕事の中でも、プロの商売人を育て上げることは最も重要な仕事の一つではないでしょうか。

コストにシビアなプロ社員が要所に配置できたら、売上げの拡大に注力します。
具体的な売上げ拡大方法についても、三次元の視点から最適なものを導き出します。
売上げのチャンスがあるならば、たとえ一円でも絶対に逃してはなりません。
ここにも、「もったいない精神」が働いているのです。

企業の倒産は、デフレやインフレなど経営環境が移り変わる時に発生しやすい。
それは収支のバランスが崩れて、変化の波に乗り切れないためです。
国際情勢や物価の動きをみていると、津波のような”うねり”がやってきて、
業界によっては、歴史的な変化の波に襲われるように思えてなりません。

収支バランスのヨコ糸

何度も倒産の危機に直面しながら、見事なハンドル捌きで乗り切った企業の一つにホンダがあります。
本田技研工業は、もちろん本田宗一郎なくして語れませんが、
実質的な経営者は副社長の藤沢武夫氏であったとも言われています。
藤沢氏はたいへんな読書家でもあり、経営哲学の多くは若き日の読書から得たと聞きます。

「中国文学者の吉川幸次郎先生が、『経営の経の字はタテ糸だ』と書いておられるが、うまいことをおっしゃる。
布を織るとき、タテ糸は動かずにずっと通っている。営の字の方は、さしずめヨコ糸でしょう。
タテ糸がまっすぐに通っていて、はじめてヨコ糸は自由自在に動く。一本の太い筋が通っていて、
しかも状況に応じて自在に動ける。これが「経営」であると思う。」
(「経営に終わりはない」 藤沢武夫 文藝春秋 )

「経」には織物の縦糸の意味があり、「緯」に横糸の意味があるといわれているが、
「経」に続いて「緯」を”営”に置き換えて解釈するところなどは、経営者らしい発想です。
この「経」を縦糸とする考え方は儒教の基本的な思想であり、孔子が「経とは織物で言えば、
縦糸である」と語ったことに始まったようで、藤沢氏の経営哲学のベースになっている。

二輪車メーカーを皮切りに、時代の変化を縫うようにして積極的に事業展開を進めたホンダ。
藤沢氏のいう「一本の太いタテ糸」とは、経営理念や方針といったことでしょうか。
そして、何度も倒産寸前の危機を乗り越えてきたのは、技術力と営業力のバランスをはかりながら、
状況に応じて収支バランスを保つという、自在に動く「ヨコ糸」があったからです。

藤沢氏が考えた、環境の変化に自在に動く「ヨコ糸」とは、要するに何なのか?
それは、状況に応じて利益を出せる「技」を備えた社員のことでした。
・今の仕事はいくらになるか?
・こういう方法に変えるとどれくらいコストが下がるのか?
といった内容の指導を、バランスシート、売上げと在庫の関係、増産と利益の関係などに絡めて、
大卒の技術者にも藤沢氏自ら教え、育てていたのです。

このように、利益に対して柔軟に対応する社員を育てたことが、会社の足腰を強くしたのです。
しかし、高度な技をもって自在に動く「ヨコ糸」の社員は、タテ糸がなければ育たないはず。
では、藤沢氏のいう「タテ糸」とは具体的にはどんなものだったのか?

人間尊重のタテ糸

こんな逸話があります。
昭和29年の経営危機を脱したホンダは、スーパーカブの大ヒットで成功し、大株主の藤沢氏にも
大金が転がり込んだ。使い道に困った藤沢氏は、工学部の苦学生を奨学金で援助する財団法人を
設立し、本田氏と二人で6億円もの大金をポンと投げ打っている。

奨学生には一人当たり月額1万5千円が支給されたが、この時の条件が尋常ではない。
奨学金の使途は問わず、レポート不要、将来の進路も拘束せず、返還も必要なし、というもの。
そして、極めつけは「誰が支給しているか知らせてはならない」ということでした。

援助した学生が競争企業に入社すれば、ホンダの足を引っ張ることにもなりかねない。
無縁の業界に就職してしまうと、何のための援助だったのか、と悔やまれる。
ところが、そんな了見の狭い人物ではなかった。
そこには、人類愛に近い、人間尊重の精神が「タテ糸」として貫かれていたのです。

利益をあげるためには、全社員の強烈なコスト意識が不可欠です。
全社員がコストダウンに取り組むと、最後は”人件費”の問題に突き当たります。
社員は、自分の収入に対するコストダウンに取り組むことになるのです。
こんな矛盾を抱えながら、純粋に利益意識をもった集団にするためにはどうすればいいのか?

皆の力の結晶である利益が、権力者の私腹を肥やすことに使われるなら誰も真剣に取り組みません。
社員のことを裏切るような経営者ではない、という信頼があってこそ皆が真剣になるのです。
そして、社員の可能性を信頼し、何よりも人間尊重の精神に溢れる経営者。
そう、社員からの信頼に裏打ちされた、人間尊重の精神という「タテ糸」が必要なのです。

タテ糸は経営者が自分で通しておくものです。
私たちは、これから厳しい経営環境に向かっていきます。
足腰の強い、筋肉質の会社にするには、さまざまな犠牲を伴うでしょう。
そんな時に備えて、しっかりとした、人間味溢れるタテ糸を通しておきたいと思います。

文字サイズ