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バイマンスリーワーズBimonthly Words

かたじけない

2009年11月

喜びに際しても、悲しみに際しても、
日本人はあまり大げさに感情を表しませんでした。
そんな心の抑制に重きを置き、礼儀としたのが大相撲。
まして、土俵の上でガッツポーズをするなんてとんでもない話。

ところが、横綱朝青龍の優勝決定戦での振舞いがまた物議をかもしています。
この際、ガッツポーズを禁止するという話もあるそうですが、
礼儀は心の内側から自然に出てくるものであり、
横綱の問題をルール化するのも疑問です。

電車の中での化粧直しを、SM(車内メーク)と略するそうで、
最近ではスッピンからのフルコースを平気でやる若い女性を見かけます。
チョコッと鏡をのぞく程度なら分かりますが、傍若無人な態度には些かの不快感。
ベストセラー「女性の品格」を著した阪東眞理子氏なら、どのように思うでしょうか。

国際化が進み、女性の社会進出も実現したからなのか。
ガッツポーズ、車内メークも賛成派と反対派に分かれます。
いずれにせよ、日本には「恥を知る」という文化が残されており、
「恥ずかしい」と感じる心は、もう少し尊重されていいかも知れません。

いつも誰かに見られている

これは実際にあったお話です。
人気ブランドの某アパレルメーカー社長夫婦が、
国際線のファーストクラスに予約席をとっていました。
事前の情報で知っていた客室乗務員の女性が、そのブランドのファンで、
精一杯のサービスをしようと満面の笑顔で待ち構えていました。

ところが乗り込んできた夫婦は、最初から最後まで「これが上場企業のトップか?」と、
目を疑うような、あまりに横柄で、品位に欠ける振る舞いでした。
どんなに素敵な人かと期待していたのに、減滅を味わった彼女は、
二度とそのブランドの商品は買わない、と心に誓ったそうです。

経営の神様、松下幸之助には正反対の逸話があります。
ある中小企業の社長が、尊敬する松下幸之助に新幹線で偶然乗り合わせました。
このチャンスに何とか話がしたいと思い、ミカンを持って挨拶にいくと、
見ず知らずの自分に対して、なんと20分も話してくださった。

そして、京都駅で降りる幸之助氏は、
「先ほどはありがとうございました。ミカンおいしかったです」と御礼を告げ、
駅のホームに降りても自分の席の所へ来てお辞儀をし、動き出すまで見送ってくれたという。
一見の自分に対しても深々と頭を下げる姿に感動した社長は、ますます幸之助氏の虜になりました。

会社に戻ったその社長は「これからは松下さんの製品しか使わない」と誓い、
会社と自宅の電化製品を、すべて松下製品に切り替えさせたという。
(日経トップリーダー2009年10月号より情報抜粋)
はたして幸之助氏はどのような心境をして、このような行動に至ったのでしょうか。

偉くなるほど謙虚でなければ評価されない

約800年前、西行法師が伊勢神宮にお参りした際に詠んだ歌があります。

何ごとの おわしますかは 知らねども
かたじけなさに 涙こぼるる      西 行

ここにどんな神様がおられるか知らないが、
そのかたじけない思いに、頭を垂れ、涙したという。
“かたじけなさに…”という言葉の中に、
歌人ながら、武家出身であった西行の気持ちが滲(にじ)んでいます。

お客様に頭を下げるのは当たり前。
水道哲学を唱え、玄関のインターフォンからテレビ・冷蔵庫など、
すべての家庭で、自社製品が使われるまでの会社に成長させた松下幸之助。
だから、会う人会う人のすべてが松下電器のお客様だと考えたのでしょうか。

いや、そんなレベルではありません。
「人間は誰でも、一人ひとりが素晴らしい偉大な存在である」
松下幸之助は、老いも若きも、赤ん坊も尊く、偉大な存在であると考えたという。
西行のように、一人ひとりの命への尊厳と、万物を支配する力への敬愛の心からくるものでしょう。

日本というのは不思議な国。
アメリカでは、強いボクサーが生意気を言っても喝采を浴びるが、
日本では、強ければ強いほど、地位が高ければ高いほど、
「実るほど 頭の下がる 稲穂かな」が美徳とされ、
謙虚でなければ評価されないのです。

"かたじけない"は前向きな感情を招く言葉

“かたじけない”には、三つの意味が含まれています。
恐れ多いという意味の「もったいない」
面目ないという意味を込めた「恥ずかしい」
そして、身にしみて「ありがたい」という、
三つの感情がみごとにブレンドされているのです。

日本は古来より、貴重な資源をいかに使うか智恵を絞ってきました。
お米の一粒一粒を大切にし、魚は内臓、骨、皮まで余すことなく食し、
何でも包める魔法の布”風呂敷”を使い、
究極のリサイクル衣料”きもの”を発明しました。

このような智恵と敬愛の心から生まれたのが「もったいない」の思想です。
恥を知ることも大切にしてきました。
“恥を知る”ことは、己の未熟さを自覚することになります。
こんな未熟な自分であり、不完全な会社を「恥ずかしい」と感じながら、
弊社の商品を支持していただいていることに対し、心より「ありがたい」と思う…。

…だからこそ、どこに出しても恥ずかしくない、より良い商品を提供しよう!
もっともっと人々に喜んでもらえる、素晴らしい会社にしていこう!
“かたじけない”という言葉を口にしたそのあとには、
不思議と前向きな感情が心の底に湧いてくるのです。

だからと言って”かたじけない”を日常生活で使うのは違和感があります。
朝青龍が”かたじけない”を口にしても似合わない。
そんな時は、心の中で”かたじけない…”と念じてみましょう。
それだけでも充分な効果が期待できるに違いありません。

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