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バイマンスリーワーズBimonthly Words

捨ててしまえ!

2024年03月

「なんでここまで自分が生き残ったのか…。
 私の後ろには特攻で逝った連中がみんないます。
 今も頭の後ろで声が聞こえます…もうなんとも言えん。
 ですから…私は重たい、ずっと重たかったんです 」

茶道裏千家の前家元で100歳を迎えた 千玄室さんは、
太平洋戦争で復員した当時の心境を、このように語りました。
爆弾を積んで敵艦に突入する特攻隊員として海軍航空隊に入隊し、
仲間56人が戦死するも、出撃直前に待機命令が出て生き残りました。

かろうじて終戦を迎えて無事に復員しましたが、
自分だけが生き残ったという感情は引きずったまま。
学徒動員で若くして命を失った戦友たちの無念さを思い、
忸怩たる思いで毎日を生きていた千さんに天の声が下ります。

それは、参禅の師匠であった大徳寺派の管長 後藤瑞巌老師の一喝でした。
「戦争で生き残ったあんたを見ていると、亡くなった戦友たちに、
 “すまんなあ”っていう気持ちがいっぱい出とる。
 しかしなぁ、戦争は終わったんや これからは自分の生き方を考えろ!」

ずっと背負っていた重いものが、スッ~と降りた瞬間でした。
千さんは25歳の時に師匠のおかげで特攻体験の呪縛から解放され、
自分が生きる道と、その志についてあらためて考えることができました。
茶道の道をより窮め、世界中にその精神を広めることを志としたのです。

失敗体験は劣等感を 成功体験は優越感を生みやすい

現代を生きる中小企業の経営者も一人の人間であり、
過去に経験した、辛くて重いものを背負っています。
その辛くて重いものは心の中で“固いしこり”になって、
経営の意思決定や、リーダーシップに大きな影響を与えます。

新市場への進出や、新規事業に失敗した際に、
周りから受けた冷たい視線が今も忘れられない…。
経営会議の席上で、思い切って強気の発言をしたら、
会長の猛反対を喰らい、今はできるだけ発言を控えている。

このような辛い体験は、若い経営者ならトラウマになり、
そのまま放っておくと劣等感になって心の中に棲みつきます。
一方で、今日に至るまでにそれなりの成功体験がある経営者は、
自信に満ちたプライドがあり、周りに対する優越感を抱きやすい。

ところが、劣等感と優越感は裏腹にある関係で、
劣等感をもった人が成功すると、優越感を感じやすく、
優越感をもった人が失敗をすると、それが劣等感に変わる。

企業のリーダーが劣等感と優越感を行き来するようではいけません。
また、どちらかに片寄った心境では、多くの人の心が掴めるはずもない。
様々な感情が混在する組織のトップは、如何なる心境であればいいのでしょう。

~ 放下著(ほうげじゃく) ~ 捨ててしまえ!
放下〔ほうげ〕とは、投げ捨てる、放り出す、捨て切る、の意味で、
著〔じゃく〕は、放下の意を強める言葉で、放下着ともいう。
自分が持っている名誉、財産、知識、立場、主義だけでなく、
それらを持っている自分自身も捨ててしまえ!という禅の教えです。

いっさいの執着を捨てよ! ~ 奥底に潜む執着が捨てられるか ~

ある四人の修行僧が山中で“無言の行”を始めました。
夜になって灯明の火が消えてしまったので、
一人の僧が大声で下男を呼んで「油を足せ!」と命じます。
そこで、第二の僧が「無言の行で声を出すとは何事か」と注意すると、
第三の僧が、第二の僧に「貴公も声を出したではないか」と叱りました。

そして、第四の僧は心の中でつぶやきました。
「声を出さなかったのは、この俺だけだ……」と。
じつはこの「俺だけだ…俺だけが本物だ!」という意識、
この自我の塊のような意識が、もっとも始末に負えないという。

あなた自身のこれまでの経歴や、過去の成功体験、
そこから生まれたプライドや、正しいと思っていること。
また、失敗や挫折から生まれた自分に対する不安やとらわれ。
これらは人生を窮屈にする「思い込み」や「執着」にすぎない。

そんな思い込みや執着なんかは捨てなさい、というのが「放下」で、
「もう捨てるものがない、もはや捨てきった」という心境になった時に、
心の底にあるそんな思いすら捨て去りなさい!と“!”をつけたのが「著」
「放下著」は「いっさいの執着を捨てよ!」と最後までしつこく迫ってきます。

失敗経験は失敗のままで放っておけば、マイナス感情が増幅するが、
失敗の原因をつかんで、今後に活かせば大きな糧になります。
逆に過去の成功体験や思い込みをそのまま放置していると、
経営者の最大の敵である「驕り」が生まれ、要注意です。

物を捨てると本当に必要なものが見えてくるように、
これまでの成功体験、思い込みや執着心などは、
人間としての成長を阻み、人生を窮屈にします。
今ここで、思い切って捨て去りましょう。

ベテラン経営者の最後の関門が「放下著」

立派な後継者がいるのにトップの座を譲らないベテラン経営者がいます。
形式的には交代したが実態は変わらずという例も少なくありません。
実務経験が足りない、人間として未熟、今は不況で危ない、など、
理由はいくらでもありますが、それらは単なる思い込みかも知れない。

経営のバトンタッチが進まない本当の理由は、後継者ではなく、
権限を握っている経営者の、思い込みや執着にあるのではないか…。
未来を担う若いリーダーに経営のチャンスを与えないのはなんとも惜しい。
様々な難関をクリアした経営者に与えられた最後の関門は「放下著」なのです。
 

世界を見渡せばウクライナやパレスチナなど戦火が絶えず、
お茶で平和が実現するほど、現実は簡単なことではありません。
しかし、いったん茶室に入ればお互いに敬い、譲り合うのが茶道の精神。
一碗の茶を前にすると、人種も宗教も社会的な格差もない。

 ~ After You ~ どうぞお先に
 ~ Excuse Me ~ お先に失礼します
 こんな譲り合う心があったら戦争は起こりません
千さんは、こう訴えて世界中に茶道の精神を広めてきました。

 「丸い茶碗は地球です。その中にある緑のお茶は自然の象徴です」
 こういうと皆さん、ぶつかろうとする衝動が和らぎ、
 半歩下がって我慢できるようになります。
100年の人生が詰まった説得力のあるお言葉です。

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