Now Loading

株式会社新経営サービス

Books
出版物

トップページ > バイマンスリーワーズ > 先も立ち 我も立つ

バイマンスリーワーズBimonthly Words

先も立ち 我も立つ

2019年09月

~ 経営者は哲学を持て!~
京セラ名誉会長 稲盛和夫氏の信条です。
その稲盛氏のフィロソフィを学ぶ『盛和塾』は、
国内外に約1万5千人の塾生を抱えるまでに発展しました。

その哲学には多くの経営者の思想が浸み込んでいます。
まず、創業されて間もない頃に松下幸之助氏の講演を聴き、
「企業は本業を通じて社会に貢献せよ 利益は社会貢献の証しである」
と語った松下氏の思想が入り込んでいる。

その約100年前には渋沢栄一が『論語と算盤』を著し、
道徳と経済をいかに両立させるか、の思想が厳然と存在する。
その渋沢は、江戸時代の後期に活躍した 二宮尊徳の影響を受け、
「道徳なき経済は罪悪 経済なき道徳は寝言」との思想を学んでいる。

そして、尊徳に影響を与えた人物が江戸時代の中期にいました。
士農工商の最下の商人は何も生産していない、と軽蔑された時代に、
商業の正当性を主張し、商いにおける倫理観の大切さを訴えたのです。
「石門心学」の祖として哲学にまで押し上げた 石田梅岩 その人でした。

梅岩は商人が小賢しく金儲けをすることを戒めた。
商いは正直であれ、卑怯な振る舞いをしてはならない、
武士に武士道があるように、商人にも商人道がある、と主張。
利益だけ求めると破たんを招く、とする商人哲学を確立しました。

日本的経営の原点は 「正直」「勤勉」「倹約」

梅岩は現在の京都府亀岡市の出身で、農家の生まれ。
京都の呉服商で番頭を任せられるまで働いた商売の経験と、
神道・儒教・仏教をとり入れた塾を京都車屋町の自宅で開講。
それは、聴講無料、出入り自由、女性もどうぞと、型破りでした。

人間として、商人としての生き方を説いた石門心学は庶民に広まり、
弟子によって日本中に170か所もの心学講舎ができたという。
稲盛氏の『盛和塾』は惜しまれて今年の解散となりますが、
梅岩の思想と活動は、そのモデルとなったようです。

多くの経営者が学んだ”日本的経営の原点”石門心学は、
「正直」「勤勉」「倹約」の三つに集約されます。

まずは私心のない、「正直」な心であること。
当時の武士が俸禄(ほうろく)(報酬)を得るのと同じで、
商人が商売によって利益を得るのは当たり前である。
正直な商売が信用を生み、富をもたらすという思想です。

次に「利を求めるに道あり」として、
「勤勉」であることが商人の能力を向上させ、
人間性を向上させることにつながる、とも説きます。
仕事を通じて学び、研鑽を積むことを商人道としました。

そして、三つめの「倹約」は単なる節約の意味ではありません。
梅岩は私欲を満たすための倹約はただの”ケチ”であり、
世のため、人のための節約が真の倹約であるという。
このあたりが単なる方法論でなく、哲学を感じます。

さて、これら名経営者の言葉には共通点があります。
松下幸之助の「利益追求と社会貢献」 渋沢栄一の「論語と算盤」
二宮尊徳の「道徳と経済」 そして石田梅岩の「利を求めるに道あり」…。
これらの名言すべてが、矛盾する対立概念を両立させているのです。

「愛」がなければ 働き方改革は実現しない

私たちは”得体の知れない働き方改革”の矛盾の中で揺れています。
当面は有給休暇の取得義務と、残業の上限規制の問題ですが、
人手が足りないのに、労働時間を減らさなければならず、
かけ声だけでは結局は「自宅で残業」になってしまう。

人的な余裕のない会社が単純に労働時間を減らしたら、
余分に人を採用するか、社員の年収を減らすしかありません。
ところが残業手当などは社員の生活費になっているのが実態で、
残業が減って働き方は変わったが、収入は下がったでは矛盾します。

政府は個人のスキルアップなどを目的に「副業解禁」を推奨するが、
長時間労働を別の会社でやっているだけ、になってはならない。
ましてや、残業を減らすことに成功した経営者の考え方が、
「収入が減った分は副業で補ってくれ」では卑怯ではないか。

まずは長時間労働を是正し、生産性を高める改善が急務であり、
会議時間を減らし、朝型勤務や営業時間の短縮も検討が必要です。
離れた場所でも仕事ができる「テレワーク」も積極的に活用したい。
しかし”残業は減ったが年収も減るのか”の問題にやっぱり戻るのです。

ここで石門心学 三つ目の「倹約」の真意を再考します。
梅岩は『倹約斉家論』で、倹約についてこう語っています。
「三つ要るものを工夫して二つで済ませ、残った一つを世のためとせよ。
倹約の心掛け(目的)には”人を愛する”という考えが潜んでいるのだ」

真の倹約には、人を愛する考えが潜んでいるという。
つまり、労働時間が仮に3分の2程度になる改善に取り組み、
残業ゼロでも年収を下げないようにするのが経営者の務めではないか…。
そうでなければ、働き方改革の矛盾は解決できません。

給料の決め方に経営者の人格が現れる

働き方改革を甘く見てはいけません。
なぜなら、給料の決め方に経営者の人格が現れ、
社員はあなたの経営哲学に”愛”があるか探っています。
梅岩はシンプルな言葉で、商人道の精神をこう表現しました。

~ 実の商人は 先も立ち 我も立つことを思うなり ~
梅岩は人類愛に立脚した人格者でもありました。
矛盾し、対立する相手に対し、どちらも否定をせず、
両者を肯定し、包み込んでしまう”愛”があったのです。

この哲学が「売り手よし 買い手よし 世間よし」という、
近江商人の「三方よし」の精神にも影響を与えたと思われます。

稲盛氏を目標としてきた日本電産の永守重信会長は、
「働き方改革はやればやるほど難しい」としながら、
「残業手当が減っても年収は減らしません、という強い信念が必要だ!」
「そのためには生産性を2倍にして、残業をゼロにする!」と豪語する。

長時間労働が当たり前のモーレツ企業が、矛盾する課題の渦に飛び込んだ。
社員への深い愛情をもつ永守氏だが、働き方改革への道のりは険しい。
はたしてこの難題は実現できるのか、その行く末に注目したい。

京都五条大橋の近くで石田梅岩の経営哲学と、
家訓の「先義後利」を330年間 守り通した「半兵衛麩」。
その教えが『あんなぁよおぅききや』で単行本になっています。
梅岩さんから直接教わっているような気持ちになるのが不思議です。

文字サイズ