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株式会社新経営サービス

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バイマンスリーワーズBimonthly Words

目標の威力

1995年05月

京都で観光旅館を営む経営者が相談に来られました。その内容は、近年業績が低迷しているので何とかしたいとのことでした。雄弁で、論理的な話しぶりは説得力に溢れており、私などがアドバイスをする余地があるのかと思ったほどでした。若いころに京都の伝統ある観光旅館で修業を積んだ後、35才で独立創業、今日まで20年間がむしゃらにやってきたとのことです。そしていかなる時も、修業を積んだ観光旅館の存在を意識し、経営の参考にしてきた。その結果、売上は順調に拡大し、今から5年前にはこれまでの棟とは別に新館を建て、社員も100名を超える規模にまで成長されました。

新館オープン当初は客足も賑わい順調だったものの、一年程ですぐ頭打ちとなってしまいました。その後は売上の減少傾向が続いているとのことです。売上低下の原因についてお聴きすると、海外旅行ブームで地元への観光客が減少し、その煽りをまともに受けているとのこと。もちろん同業者間の競争も激しく価格面でも客をとられていると話されていました。

読者ならこの企業が業績低迷に陥っている原因はどこにあるとお考えでしょうか?

それは観光客の減少、価格破壊、長期不況など様々なことが考えられるでしょう。

ところが、これらの原因はすべて外的な要因であって本当の原因とはなり得ません。根源的な原因は内側に潜んでいるものなのです。

実はこの企業が業績低迷で苦しんでいる真の原因は、経営者自身が目標を見失ってしまっていることにあるのです。

新館を建て、社員が100名を超える規模になってしまった時点で、これまで絶対的な目標としてきた修業時代の観光旅館を越えてしまい、目指すものがなくなっていたのです。それまでは修業時代の観光旅館に追いつけ、追い越せの精神で一心不乱に打ち込んでこられました。その間、語り尽くせないほどの苦労があったことでしょう。しかし、そんな苦労も感じないほどライバル企業への闘争心が上回っていたのでした。学ぶべきところは学び、時に反面教師として差別化の対象とする目標でもあったのです。

この事例のように、企業は目標を失うと迷走を始めます。特に中小企業においてはトップひとりが目標を失うと組織の業績に直接的な影響を及ぼします。その目標が明確であればあるほどそれを失ったときの反動は大きく、放っておけば無力感に近い状態にまでになってしまいます。

「目標」には図り知れないパワーが秘められており、その扱われ方次第で吉にも凶にも変わってしまうものなのです。

プロのスポーツ界を眺めてみましょう。野球であれ、サッカー、テニスであれ、そこには競争の原理が働いていることに気付きます。「あいつには絶対負けたくない」「いつか見返してやる」「頂点に立ちたい」といった闘争心が否応にも働く仕組みがあるのです。この闘争心が情熱をかきたて、厳しいトレーニングに耐え、勝利を勝ち取るのです。

ビジネスの世界でも全く同じです。

大企業の優秀な社員はなぜあれほど勉強をし、よく働くのでしょう。それは「同僚のアイツには負けられない」「何とかして抜き出たい」といった社内競争心が煽られる環境、つまり具体的な目標が身近なところに存在するからなのです。人間は健全な競争を通じて向上意欲を持ち、努力を重ねると、能力の向上が図れます。企業の業績はそういった社員一人ひとりの努力の結果なのです。

残念ながら中小企業には社内競争が行われるような環境はほとんどありません。中小企業経営者はこのような生ぬるい自社の現実を直視しなければなりません。そして、その現実を打破するための具体的な目標づくりが必要なのです。

中小企業における具体的目標

では中小企業に必要な、空理空論でない具体的な目標とはどんなものか考えてみましょう。

 

①ライバル企業との競争目標

高度成長時代に順調に成長し、安定した地盤を築いた中堅・中小企業の多くにはその成長過程において優秀なライバル企業が存在していたことがわかります。冒頭の事例企業のようにいつもライバル企業の動きを察知し、その情報をもとに努力を重ね商品改良を加え、営業力を強化してきたのです。「ライバル企業に負けられない」という目標です。トップがこの目標を意識すると、その思いは強烈なパワーとなって組織全体に波及します。

ライバル企業を次々と打ち破り、地域一番、狭いながらも業界内での一番が見えてくるとそれは征服の目標に変わっていきます。征服の目標は経営者にとって一つのステータスでもあります。登山家が頂上を極めたときのような征服感と似たものでしょう。

近年はライバル企業が異業種に進出してしまっていたり、衰退したりで競争相手を失ったためにステータスもすっかり色あせ、意欲をなくしている経営者が増えていることが残念です。

 

②臥薪嘗胆

征服の目標に対し、敗れたことに対する屈辱を晴らす目標もあります。

臥薪嘗胆とは今から2500年前の中国の春秋時代、「呉」と「越」の国王が相手への恨みを晴らすために敢えて自らの身をを苦しめ、目標を果たしたという故事によるものです。

呉の王「夫差」は、薪の上に寝て自らの身を苦しめ、3年後に父の敵である越王「匂践」を破った。夫差に敗れた勾践は、柱に吊るした動物の苦い胆を毎日嘗めてその恨みを忘れないようにし、12年後についに夫差を破ったという話です。

今の時代とはあまりにも背景が違うためにそのまま引用できる事例ではありません。しかし、人間が一度味わった屈辱心というものが計り知れないパワーを引き出すことを知る意味においては大いに参考になる格言です。

業界の会合でプライドが傷つけられた体験、取引先からの屈辱的な仕打ち、金融機関の担当者から罵声をあびせられた屈辱など、一生のうちで絶対忘れることのできない体験は誰だって一度や二度はあるでしょう。この体験を自分に対する動機づけの目標とするのです。この目標は自分に課さなければなりません。屈辱を受けた相手に目標をすりかえるとその結果は犯罪につながってしまいます。それは、恨みを晴らそうという復讐動機からスタートした不純な行為を導き、いずれわが身を滅ぼすことになるからです。

 

③オンリーワンの目標

企業間競争はしたくない、競合企業にあまりにも大きな差をつけられてしまって競争どころではない、といったケースではどのような具体的目標があるのでしょう。

俺は他人がやっているようなことはやりたくない、他人のやらないようなことを独自にやりたいという自立心の強いタイプの経営者は「オンリーワンの目標」がいいでしょう。

アサヒビールはこのオンリーワンの目標で今の地位を築きました。ビール業界のガリバーと言われたキリンが60%を越えるシェアを堅持していた10年余り前、当時社長に就任した樋口社長は次のような大胆な方針を発表したのです。「キリンに追いつけ追い越せというシェア目標を捨てる。これからはどこにもないオンリーワンの企業を目指す。」その結果、あのスーパードライを大ヒットさせ、ビール市場の地図を塗りかえるほどの成長を遂げたのです。

経営環境が激変し、最近では業界ごとの垣根もなくなってきました。日本経済全体が機の中に放り込まれたような状態です。こんな状態だとどうしても目標を見失いがちです。これまで目標としてきたものが遠ざかってしまったり、視界から外れて見えなくなるのです。

こんな時は目標を変えてみましょう。目的を変えるのではありません。目的を実現するための目標は時に応じて変更が必要になります。まず、身近なもので自分に合った目標に設定し直しましょう。それは、格好をつけたようなものでなく、腹の底からエネルギーが湧いてくるような現実的なものがいいでしょう。

今のあなたは目標を見失っていませんか?

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