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バイマンスリーワーズBimonthly Words

毫釐千里(ごうりせんり)

1995年11月

今年のプロ野球日本シリーズはヤクルトの圧勝でその幕を閉じました。選手達を率いた野村監督の采配ぶりには全国の眼が注目しました。シリーズで3連勝し、あと一勝で日本一になるという日の野村監督のコメントが妙に記憶に残っています。

「これで7戦まで戦える切符を手にしました」

慎重に考え抜かれた言葉です。多少、にくらしさも感じますが、兵を率いる将としてその場に適したコメントといえるでしょう。

実はこの言葉には裏があったのです。

数年前の日本シリーズで巨人と近鉄が対戦した時、これと全く同じ場面があったのです。初の日本一を目指す近鉄がスタートから3連勝し、あと一勝で念願の日本一という時にその事件が起こりました。勝利インタビューに応じた近鉄の加藤選手が、

「ジャイアンツの力はこんな程度かと思いました」

とコメントしてしまったのです。この言葉が巨人の選手一人ひとりの逆鱗に触れたのです。背水の陣に立った巨人の選手達は腹の底から煮え立つような闘志を沸き立たせ、残る4戦に全勝、みごと日本一に輝いたのです。近鉄の日本一への夢はもろくも崩れてしまいました。

ほんの小さな心のゆるみ、そしてそれが口から発せられることによって一挙に流れが変わってしまう。この恐ろしさを知ったうえでの野村監督のコメントだったのです。

 

野球の世界だけでなく、「今になって思うとあの時が分かれ目だったなあ」と感じることは、私達のまわりにもたくさんあります。

20年前には年商1億円で並んでいたライバル同士のA社とB社がありました。

A社の社長は毎年10%アップを絶対目標として取り組んだ結果、現在では6.7億の売上をあげるようになりました。一方、B社の社長は何がなんでも20%アップを毎年の目標とし、それを達成し続けた結果、38億の売上をあげるまでに成長しました。この数字はあくまで机上での単純計算のため、実際にはこのようにはいきませんが、これに近い事例はあちこちで見受けられます。6.7億と38億というこの大きな差はいったい何なのでしょう。売上が多いことが必ずしもいいとは言えませんが、二人とも売上を伸ばしたいと思っていたのは間違いありません。

成長意欲のわずかな差が年数を隔てると、このような大きな差となって表れてくるのです。

コンピューターがわからなくてはどうしようもないような時代になりました。

コンピューターがまだはしりの頃、その必要性を予感して思い切って投資をし、自分も社員も慣れてきて、それなりに活用している中小企業の経営者がいます。当時は、「そんな高いもんあわてて買わんでも、もうすぐ安くなるで」と周りから言われたこともありました。そんな中傷をした人のほとんどは、今の情報化時代についてくることができません。多大な投資をし、数多くの失敗もしてきましたが、早くからコンピューターに慣れ親しんできた経営者は、今の激変する情報化時代への対応がスムーズです。失敗のようでもそれが目に見えないノウハウとして蓄積されていったのです。

世の中全体の変化のきっかけは技術の進歩によるところが大です。

新しい技術に対する取り組み姿勢のちょっとした差が、永年経つと大きな差になって表れてくるのです。

 

問屋無用論なるものが叫ばれて久しくなります。

これが議論されはじめた頃から、メーカー機能を持ったり、消費者との直接取引きを始めたり、多角化を進めたりする問屋業がありました。現在、そのことで成功している企業もあれば、失敗している企業も数多く存在しています。

しかし、成功、失敗の答を出すにはまだ早すぎます。

はっきり言えることは、何もやらなかった問屋よりは、何かをやった問屋の方がはるかに立派だということです。一歩だけでもいいのです。まず変化させてみる。すると、今まで全く知らなかった分野のものが見えてくる。そこに関心を持ってみてみる。そして、もう一歩踏み込んでみる。今度はまったく新しい世界が自分の視野に飛び込んでくる。こんな具合で環境への適応力が身についてくるのです。

ひどいのは、新しいことに失敗したからといって結局元の状態にすごすごと戻ってしまう企業です。それは変化をしようと試みてみたけれど、結局、変化することを恐れて逃げてしまったとしかいいようがありません。

業態変革に一歩だけでも踏み出すか、じっとしているかという経営トップのわずかな心持ちの差なのです。

ある地方都市で小さな印刷会社を営む社長が、数年前に思い切って大阪に営業所を出しました。一般の中小印刷会社の戦略というのは、地元の中小企業や商店から仕事を受けて着実に利益をあげていこうとする地元密着型が通例です。しかし、この社長は地元にこだわらず、大阪の営業所を拠点にして自ら精力的に顧客の開拓に出かけました。

当初は大変な苦労も伴いましたが、大都市のそれなりの企業との取引きが始まると徐々に自分も、そして、自分の会社の体質も変わってきているのを感じる日々が続きました。

その結果、地元で長い間取引きのできなかった優良企業からも仕事が舞い込むようになり、現在では地元でも堂々たる業績をあげるようになっています。

全く体質の違う市場を経験してみようというわずかな心の変化がきっかけで、これまでの市場では永年成し得なかったことを数年で実現させた例です。

 

業界内で先駆者として通販への業態変革を実現し成功させた経営者がいます。

ご存じのように通信販売というのは、その商品企画力が命です。

とにかく一度は体験してみるという信条をもつその社長は、まず自分の足で商品を探してまわることから始めました。当初は全くあてのない海外出張が続きましたが、小さなことでもいいから、何にでも関心を持とうとする姿勢で当たった結果、徐々にヒット商品が出るようになってきました。今では世界中から商品情報の得られるネットワークが出来上がり、着実に業績を伸ばしています。そのネットワークはその会社において目に見えない無形の財産となっています。

現在、還暦を過ぎているその社長は、いまだその通販商品企画の強化のために、今でも毎月のように活き活きと世界中を飛び回っています。

「なんか売れるものないか?」と言うだけで動かない人と、わずかなことでも関心をもち、まず動いてみようとした差です。

「毫釐の差は千里の謬」という言葉があります。

毫釐とは極めて少ない分量のことをいい、初めはほんの少しの違いでも、終わりには大きな相違を生じるというのが大意です。

大きな変化を急激に行うことはあまり賢明なやりかたではありません。

しかし、少しの変化をきっかけにして、ある年数をへだてて眺めたとき、それはまったく違った世界が実現できていることに気付きます。そのためには、いったん変化をし始めたら元に戻ろうなんて考えないことです。いつでも戻れるという考え方では魂が入りません。基本に還るということと、元に戻ってしまうということは、似て非なるものなのです。

小さな変化を見落としたり、一歩踏み出すことを躊躇してしまったりすることは、企業を運営する私達の周りで日常茶飯事に起こっています。たった一つの小さな変化が企業の存続・発展を決定していくこともある、ということを充分認識して行動したいものです。

経営コンサルタントも同然、この小さな変化を見落とさないようにしなければなりません。そしてそれを経営者や幹部の方にお伝えし、また、変化していくことに躊躇する人には勇気づけをし、一緒になって経営を考えていくべきだと思っています。

Bimonthly Wordsはそんな気持ちで書いています。本年も一年間ご愛読いただき本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。

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