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バイマンスリーワーズBimonthly Words

強い企業はNOとは言わない

1996年11月

「京都の人とお付き合いするのは難しいですね」という話を聞くことがあります。

閉鎖的である、本音を言わない、すましている、といったあまりよくないイメージをもたれているのが京都人のようです。

「何もありまへんけどお茶漬けでも食べていっておくれやす。」

と誘われてその通りにして帰ると、

「あの人、ほんまに食べて帰らはったわ。常識のない人やなあ。」

こんな風に、言われた通りにすれば後で逆の評価をされ、京都の人は何を考えているのかわからないといった話も聞いたことがあります。実利主義的な大阪商人や、合理的でありながらも義理人情を重んずる東京のビジネスマンにすれば、京都人との付き合いは腹の探り合いのようで大変難しいとのことです。

実際のところ、私自身も京都に住んでいながら、京都人のなかにある伝統的な気質をもっと理解しなければならないと最近になってつくづく感じるようになりました。というのも、もともと京都の人間でない私には、京都人の慣習や物の考え方が身についていません。ですから、地元のビジネス界でも、仕事をさせてもらうなかでこれまで数多くの失敗をしてきましたし、今でも戸惑うことがたくさんあります。ところが、京都とは遠く離れた人や外国の人達とお付き合いをしていくと、微妙な慣習の差や考え方の違いに触れることができ、その時点ではじめて京都人の気質や考え方の特徴がわかってくるのです。

NOと言わない日本人はダメなのか?

もう少しグローバルな観点で眺めてみましょう。

日本人はNOと言わない、言えないといった批判を諸外国から受けています。また、従順にYESと言っているようで何を考えているのか分からないとも言われます。要するに何かにつけてだというのです。このような見方は京都企業が他の地域の人々から言われている点によく似ています。

企業組織においても、決まらない、本音が分からない、そして曖昧に事を進めるというのが日本企業の問題だとして諸外国からの批判を受けています。このように考えると、京都人のやり方は日本企業のやり方を凝縮したものかも知れません。

ところが、ジャパンソサエティー理事長のウイリアム・クラーク氏は、アメリカ人でありながら、これまでのような対日本人批判とは異なる見解を次のように語っています。

「日本人は意思決定に時間をかけるが、コンセンサスが出来上がっているから実行は早い。逆に米国側は、すぐに決定するが実行に時間がかかる。問題を解決するまでにかかる時間は同じである。」(日経ビジネス誌’96/10/28号より)

意思決定についてことごとく批判を受けているのに、一人当たりのGNPが世界一という経済大国にまでのし上がった日本企業の強さの秘密がここにもありそうです。意思決定をしないように思われているが、実は実行体制を整えながら水面下では周到に意思決定を進めているのが日本企業の本来の姿なのです。公的な組織は別にして、少なくとも日本の有能な民間企業組織がこのようにして成功してきたことは大いに評価できることではないでしょうか。

意思決定スピードと実行スピード

このように考えると企業体質の良否を判定するキーワードとして、意思決定スピードと実行スピードの二つがあることがわかってきます。

縦軸に意思決定スピード、横軸に実行スピードをとれば四つのタイプに分類されます。左の上を俊敏型、右の上をアメリカ型、左の下を純日本型、右の下を停滞型と名前をつけておきましょう。

まず俊敏型の組織です。俊敏型組織は意思決定が早く、実行も早いので最も好ましいと言えますが、一方では危うさを秘めているのが特徴です。俊敏型組織ではリーダーが自分の心の中で決定したことを公表する時期を間違えれば大変なことになります。部下がリーダーの指示に対して敏感すぎるほどに反応するからです。

孫子の兵法に次のような教えがあります。

「指揮官たる者は自分の考えていることをむやみに士卒に知らせるようなことをしてはならない。思考過程にあることを発表すると、部下を誤らせ、またそれは当然変更されることがあるため部下の不信を買う。指揮官の意思は十分に部下に知らせておかなければならないが、それは決定された意思のことであり、思索を練っている途中のものを軽々しく口から出してはならない。」

私自身も耳の痛い話です。意思決定をするということと、部下に伝えるということは似ているけれども非なるものであることを肝に銘じなければなりません。

アメリカ型の組織は意思決定は早いが極端に実行が遅いというものです。総論は賛成で早く決まるけれども、具体的な実行段階になると利害がぶつかり実行されないままに時間が経過していく大企業病タイプと、組織のリーダーがすばやく決定し指示を出すけれども、部下がついてこないという中小企業病タイプに分かれます。

前者の大企業病タイプの会社は、組織を分割したり人事異動などにより、意思決定の仕組みを変えることを検討しましょう。

一方、中小企業タイプでは、トップが先走りして誰も付いて来ないという裸の王様型でもあるので、部下との充分なコミュニケーションの中で粘り強い指導を行うことが肝要です。

純日本型の組織とは意思決定は遅いけれども、実行は速やかに行われていくというタイプです。純日本型という意味には、意思決定は遅いけれども近いうちに確実に決定が下るという期待感が部下の心中にあることが前提にあります。そして、意思決定過程において組織構成員に十分なコンセンサスを得ていくプロセスがなければなりません。このタイプは意思決定にズレがなければ長期的な成功を収めることが出来ます。

最後の停滞型は、意思決定も実行も遅いという組織です。どうしようもありませんので敢えて解説はいたしません。あなたの会社がこんな組織にならないようにと願うばかりです。

意思決定の正しさと実行スピードは補完関係にある

繰り返しますが、諸外国から批判を浴びている日本的な意思決定システムも見方を変えると素晴らしいものがあります。意思決定をしていくプロセスの段階で実行に当たってのコンセンサスの形成が行われ、実行はすばやいという利点です。

また一方で、欧米的なトップダウン方式による意思決定にも絶大なる効果があります。中小企業運営の基本は、トップダウン方式による早い意思決定と的確な指示による素早い対応であるべきでしょう。

要は、どちらの方式を採用するのかを決めるのは、リーダーの好みではなく問題解決にどれほどの時間がかかるのかという点です。一見、トップダウン方式の方が早いように思われますが、組織によってはそうでないほうが問題解決が早い場合もあります。

意思決定で最も大切なことは正しいということです。いくら早くても、誤った意思決定であれば労力の無駄遣いこそあれ、そこに価値は見出せません。

それでは、意思決定の正しさはいったい何で計るのでしょうか。

意思決定の正しさとは実行した後の結果によって判定するものなのです。実行してみなければ正否の判定はできません。ですから正しいことを証明しようとするなら結果が出るまで実行し続ければいいのです。

大切なのは意思決定と同じ重みを持った実行スピードです。実行のスピードによって意思決定の正しさが証明されるともいえるのです。両者の関係は、父親と母親の関係のようなもので補完関係にあり、どちらが重要であるとは決められないものなのです。

京都企業は不況に強いとも言われています。その理由の本当のところはよく分かりませんが、閉鎖的だとか、本音がわからないと言われながら、腹の中では信念を持って意思決定を済ませており、ここぞという時には速やかに行動に移して答えを出す、というやり方が京都企業の強さの秘密なのかもしれません。

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