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バイマンスリーワーズBimonthly Words

雲霧の下 明らかにして闇なし

2001年11月

― 内憂外患 ―

国内には憂いが一杯、国際上でもなやみが次々と押し寄せる…。

内も外も心配事が尽きないという苦悩を表わした言葉ですが、まさに今の日本を表現しているようです。

今世紀に入って予想もつかない事件が続き、少々ではビックリしなくなったところへアメリカの同時多発テロ事件。
これには世界中の誰もが仰天しました。複雑で根深い民族・宗教問題を浮き彫りにしたこの事件を境に、
今までとは違った方向に世界が動いていくのは間違いありません。

軍事力を盾に世界の覇権を握ったアメリカとの協調姿勢を取らざるを得ない日本は
、いずれ経済面で日本やアメリカをも凌ぐであろう中国との関係をどうしていくのか。

小泉総理の靖国神社参拝問題で不穏な関係になった中国、韓国など近隣諸国との関係修復は
テロ問題で影が薄くなりましたが、重大問題であることに変わりはありません。

国内を眺めると、慢性的な不況に追い撃ちをかけるように起こった狂牛病問題。

関連の業界は存続の危機に見舞われています。第一勧銀が支援をすると発表して舌の根の渇かぬうちに
民事再生法を申請したマイカル。誰がこんなドンデン返しを予想したでしょうか。

大手流通業の破綻はこれからです。
他に不良債権処理による金融、証券、建設関連業種の破綻も控えています。

国家だけでなく企業の経営もまさに内憂外患の最中にあります。

デフレの中で売上の拡大を目指すけれども、倒産が続出するために与信問題がいつももたげてくる。
アクセルを踏みながらブレーキを踏む足にも力が入ってしまうわけです。
IT産業の急激な落ち込みは関連する中小企業を直撃。
銀行の融資姿勢はこれまで以上に厳しくなっていくでしょう。

企業の内部では人件費が経営を圧迫し、相変わらず資金繰りや人間関係のもつれで
苦しむ中小企業が少なくありません。

国も企業にも暗雲が立ち込め、霧が晴れない状況が続いています。

一人ひとりも内憂外患

いかがでしょう、
国家や企業だけでなく一人ひとりも内憂外患の心境にあるのではないでしょうか。

どこでテロ事件に巻き込まれるか、狂牛病は大丈夫なのか。
盗難やひったくりは日常茶飯事で、変質者による幼児誘拐、
猟奇殺人といったおぞましい事件が後をたちません。

小さな子供のいるご家庭では外で遊ばせるのも心配でなりません。
水と安全はタダが当たり前、という平和な日本は遠い昔のことになってしまいました。

今回のIT不況で、富士通1万6400人、東芝1万8800人、日立が1万4700人
と日本を代表するIT企業が次々とリストラを発表しました。

他の業種を加えると大手30社だけで30万人にのぼるといいます。
リストラの対象となった人々はこれから果たしてどうなるのか。
経済面では当面はやっていけるでしょうが、
将来に対する心理的な不安は時間が経つにつれて増していくでしょう。

失業とまでならなくても企業内で余剰人員となっている、いわゆる潜在的失業者は
200万人といわれ中年サラリーマンを中心に会社での居場所をなくし、
心理的に不安定な人が増加しています。

「土地もある 家もあるのに 居場所なし」こんなサラリーマン川柳がありました。

唯一、サラリーマンが安らげる場所であるはずの家庭においても居場所をなくし、
「粗大ゴミ」扱いされているお父さん達が増えています。

給料が銀行振り込みになって便利になった反面、お父さんのありがたみが消えてしまった。

カミさんは銀行から給料をもらっているような錯覚に陥り、
お父さんは軽くみられるようになりました。

万札の詰まった給料袋の封を切らないで持ち帰り、
そのままドンとカミさんに渡すことで一家の主人としての威厳が保たれるのです。

そして、子供達もそんなお父さんの姿を見てありがたみを感じることができるのです。

一家の主人が粗大ゴミ扱いされるようになったのは、
銀行振り込みが普及してからであることは否めません。

たとえ少ない金額でもキチンと給料がいただけることへの感謝の心は
この不況期こそ感じることができるはずです。

あなたの会社で現金支給が復活できるならご検討いただきたいと思います。

銀行振込みだけでなくタバコやジュースもボタン一つで出てくるし、
コンピューターのボタンを押すだけで居ながらにして
世界中のあちこちを覗き込むことができる。

ご飯を炊き、パンを焼き、洗濯をし、部屋を涼しくするのもボタン一つ。

レトルト食品が普及し、ユニクロに代表される安くて品質の良い服が溢れ、
わずらわしい家事から開放された主婦は、家族のために心を込めて食事を作り、
セーターを編む喜びを忘れてしまいました。

便利になっても、一家の主人や主婦が、老人や若者が、必ずしも幸せを感じるとは限りません。
便利はかえって精神的に弱い人間を作り、人々の心に立ち込める暗雲を広げています。

明日の米あり夕涼み

「もっと明るい話題はないのか!」思わずそう叫びたくなります。
まさにその通りです。
しかし、私達がこういう経営環境の中にいる現実から目をそむけることはできません。
先の見えないこの現実からどうして打開していくかを考えねばならないのです。

以前にも紹介しましたが、江戸後期の禅僧「良寛」は、托鉢生活をする乞食僧ながら、
何ら卑下しない明るい心を持つ人でした。

中国などの古典を論ずれば限りない奥行きと幅を有し、筆を執れば見事な書を残したといいます。
そんな良寛がこんな句を残しています。

「 鉄鉢に 明日の米あり 夕涼み 」

托鉢で村の人から米などを入れてもらう鉄鉢の中には何もない日もあったでしょう。
こんな先の見えないような暮らしを一生涯続けた良寛ですが、目の前に明日の米があるという
安堵感、そして生きる恵みが与えられていることを満喫している心境が感じられます。

なんとおおらかな心でしょう。

良寛はこのとき、住まいである山小屋で大の字になって夕涼みを楽しんでいたのかもしれません。
近代的な生活に慣れてしまっている私達が完全に忘れていた心境です。

お金が底をつき、明日の米しかないような状態になった時、
今の日本人だったらどうするでしょうか。良寛のような豊かな心になれるでしょうか?
私ならば生きる希望を無くし「もはやこれまでか…」と落ち込んでしまうに違いありません。

どうして良寛はこのような心境になれたのでしょうか。

悩みが大きければ、幸せも大きい

今春出版された、
「なぜ生きる」(高森顕徹 監修 1万年堂出版)がベストセラーになっています。

これは、良寛の時代から遡り、
鎌倉時代に真の念仏者として生き抜いた親鸞聖人の教えを説いたもので、
このような本が売れているのは、やはり人々の心が何かを求めていることの表われなのでしょう。

本書では、人が生きる上で最も重要な親鸞の教えを、

「 雲霧の下 明らかにして 闇なし 」

という言葉で表現しています。次のような意味になるでしょう。

「人間というものは、欲や怒り、腹立つ心、ねたみそねみなどの煩悩のかたまりである。
これらは死ぬまで静まりもしなければ減りもしない。

しかし、雲や霧で天がおおわれていても、太陽の光で雲霧の下は明るくて
闇がないように、人の心が煩悩で苦しんでいても、
智慧の太陽を持つことで心は明るく浄土に遊んでいるように楽しいものになろう」

そして、「大きな氷ほど解けた水が多いように、
百八あると言われる人間の煩悩が多ければ多いほど、より大きな幸せを感じることができる。

シブ柿の“シブ”がそのまま“甘味”になるように苦しみが大きいほど、
後に訪れる幸せも大きい」としています。

なるほど…。確かにそんなことを感じることがあります。

たとえば戦争を体験された大先輩から戦地で生死をさまよった話を聞いている時、
当時の苦しみを語りながら、“今、生きていることの幸せ”を満喫されていることを実感します。
死ぬほどの大病をわずらって無事に元気になった方も同じです。

まさに良寛の「 鉄鉢に 明日の米あり 夕涼み 」
の心境に近いものを感じるのです。

良寛は曹洞宗の開祖である道元の影響を強く受けたといいますが、道元も、
そしてこの親鸞の教えも根本にあるのが釈迦の教え。

釈迦が説いたのは「智慧」による人間の生き方でした。

仏教でいう「無明」とは真に暗いことをいい、無明だから人間は迷い、苦しむのです。

そして、この無明の闇は「智慧」の光によって消滅するといいます。

智慧の光によって破られぬ闇はないというのが釈迦の教えです。
釈迦のいう「智慧」は通常は休眠状態にあり、何らかの刺激で活性化されるといいます。

そして、この「智慧」はどんな人間にも備わっているものだというのです。

「無明」を現代風にいえば先が見えないという不安な心のことでしょう。
日本中に雲や霧が立ち込めていますから単純に見れば、まさに無明です。
しかし真っ暗闇ではありません。これは欲や怒り、不安やあせりといった
人々の煩悩が雲や霧になって一人ひとりの心の中に存在しているだけです。

今の不況は「心理不況」だと言われているのはこのようなことでしょう。

今こそ、誰もが持っている「智慧」を活性化し、一般消費者はもちろん、なんといっても
会社を引っ張る皆さんが、無明の闇を破る「智慧の太陽」を輝かすときではないでしょうか。

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