Now Loading

株式会社新経営サービス

Books
出版物

トップページ > バイマンスリーワーズ > 権力の奴隷になるな

バイマンスリーワーズBimonthly Words

権力の奴隷になるな

2025年05月

手塚治虫の「火の鳥(鳳凰編)」の舞台は奈良時代。
主役は仏師として純真な心で最高の作品を目指す茜丸と、
生まれたその日に片腕を失い社会を憎んで盗賊になった 我王。
対照的な二人はやがて腕のいい仏師としてライバル関係になります。

我王が仏師の才能を開花させたのは仏教との出会いにあり、
悪態を重ねてきた人生は仏の教えに導かれていきます。
ところが茜丸は仏師としての名声が高まるにつれ、
権力の渦に巻き込まれ、純粋な心を失っていく。

そして、仏師として血のにじむ修行を積んだ二人に、
都の帝から東大寺の鬼瓦の競作が命じられます。
鬼気迫る二人の作品が出来上がりましたが、
いつのまにか逆転していた正邪の結末はいかに…?

本作品は、人間が権力を握るといかに変貌するか、
それは、人間の本質までを歪めてしまうものなのか…
という現代社会を生きる私達への警告として生きている。
特に幹部や後継者の人選に悩む経営者へのヒントがあります。

権力を世のため他人のために使う人がいれば、
自分の立場や利益を守るために使う人もいます。
企業のリーダーには経営の実務能力が必要ですが、
それ以上に大切なことがあるように思われてなりません。

権力に阿るなかれ

企業の取締役とは誰を取り締まるのでしょう。
それは、従業員の行動を取り締まることではなく、
経営トップが独断や偏重をしないよう取り締まるのです。
ところが部下には威圧的で、トップには媚びる幹部もいます。

「上ばかりを見る“ヒラメ社員”だらけで、
 局の上層部に受けるために番組を作っている ―」
世間を騒がせている某テレビ局のトップがこう語っていました。
タレントの性加害問題の奥には、悪質な組織の問題があったのです。

経営トップは社員の給料を決める権限を持ち、
職場配置や昇進昇格の人事権までも握っています。
そんな“生殺与奪の権限”を持つ経営トップに対して、
媚びへつらう人物が周りを囲んでいたらどうなるしょう…。

まして、経営トップに阿るような人物が社長になったらどうか?
人間は権力に支配されている間はその本性を見せないが、
実権を握ったその時に、人間の本質が表われるという。
醜い争いに優秀な人材が巻き込まれてはならない。

島津製作所の主任だった時にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏は、
社内の昇進試験では名前だけを書き、すぐ研究室に戻ったという。
出世競争に明け暮れるサラリーマンの生き方から一線を画し、
本当にやりたいことに集中し、花開く人生もあります。

権力という武器を正しく使うことができるなら、
組織を円滑に運営する最強のツールになるでしょう。
しかし、経営者が権力の渦にのまれ、溺れてしまうと、
人々の心は離れていき組織はバラバラになってしまいます。

権力の奴隷になるな

「出光は人間をつくることが事業であって、石油業はその手段である」
戦後の占領軍統制下の時代は、科学的管理法が経営の主流でした。
しかし、反骨精神の強い出光佐三はこの流れにも逆らって、
人間性を尊重する日本的な道徳経営を貫きました。

佐三は組織が大きくなっても大家族主義を貫き、
“奴隷解放”という人間尊重の政策を打ち出しました。
「奴隷解放といえば人間が人間を奴隷として扱うな、と思われるが、
 私の言うのは、人間が人間以外のものの奴隷になるなということである」

具体的には七項目にわたる人間尊重の方針を打ち出しましたが、
その中でも“権力の奴隷になるな”の言葉が輝いています。
 ・家族が倒れたら無条件で「すぐに帰れ!」
 ・社員一人ひとりが経営者で、仕事は完全に任せるのが出光流
規則で社員を縛ることを極端に嫌った佐三は、
社員の人間性を尊重し、可能な限り規則を排除しました。

じつは“権力の奴隷になるな”というこのメッセージは、
経営トップに対する教訓でもあることに注目したい。

日本の企業は親会社が50%以上の株式を保有する、
「子会社」と呼ばれる中小企業が多くを占めています。
子会社の社長は、社員や組織の個性、業界の特性に合った、
自主性のある独自の戦略や経営方針を堂々と掲げるべきでしょう。

ところが、親会社の経営方針をなぞっているだけの経営者が少なくない。
経営者大学を修了した経営者で、上場企業の子会社でありながら、
自分なりの自立した経営を堂々と実践している社長もいます。
独自の経営方針が持てない方にはぜひ学んでいただきたい。

権力と戦うなかれ

権力は日本刀の特性に近いものがあります。
相手を瞬時に殺傷する高い性能を持っているが、
多くの人を生かすためにそれを使うことはしない。
存在自体で多くの人の心に平安をもたらす威厳がある。

芸術品として最高傑作の名刀といわれた「正宗」と、
血を見ずにはいられぬ切れ味で妖刀と呼ばれた「村正」。
勝海舟は刀を紐で縛り、生涯一度も抜かなかったというが、
どのように日本刀を扱うのかは武士の人格に委ねられたのです。

「人は三年 権力を握ればバカになる」
とも言われますが、その魔力にとりつかれると、
人格までが崩れてしまい、最大の敵である“驕り”を招く。
それは経営能力の高い経営者ほど陥りやすい、権力の罠なのです。

今、史上最強の権力者によって世界が翻弄されています。
今回の米国大統領の極端な政策が貿易戦争に突入し、
第三次世界大戦に発展する可能性は否定できません。
何がなんでも私たちの時代に世界戦争の悲劇は食い止めたい。

このような恐ろしい権力とは決して戦ってはならない。
戦って奪った権力はいずれ誰かに奪われるから。
権力に対して戦う姿勢を示すこともやめよう。
権力を求める者は、いずれ権力によって滅びるから。

「火の鳥」は手塚治虫のライフワークであり、
人間が生きる意味について問いかけてくる名作です。
その中でも「鳳凰編」は権力者の横暴を壮大に描いており、
中小企業のリーダーにもぜひ手に取っていただきたい作品です。

文字サイズ